ピアニストが”演奏するように”語る音楽の本。
ショパンはポップスだ ―清塚信也のクラシック案内 (CD付き)
- 作者: 清塚信也(きよづかしんや)
- 出版社/メーカー: 世界文化社
- 発売日: 2009/03/28
- メディア: 大型本
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人気ピアニストが語る”クラシック音楽の世界”
最近「関ジャム」や「ららら♪クラシック」などの音楽のみならず、コメンテーターとして「ワイドナショー」などにも出演されているピアニストの清塚信也さん。
端正なルックスながら、”しゃべり”も達者で、時にユーモアを交えながら非常に分かりやすく音楽を解説してくださいます。
最近、仕事上の必要もあってその清塚さんの著書を読む機会がありました。それが「ショパンはポップスだ 清塚信也のクラシック案内」。
テレビのトーク同様、優しい語り口で、平明にクラシックの音楽の魅力や歴史を説いてらっしゃいます。クラシックへの入門書としてこれ以上ハードル低いものはちょっとないかも…。
読んだ感想を記事にまとめてみました。
題名の「ショパンはポップスだ」ってどういう意味?
ショパンが活躍した19世紀のヨーロッパ。ショパンのようなピアニストが演奏を披露していたのは貴族たちが集うサロンでした。きちんと座り、静かに音楽に耳を傾けるコンサートと違い、サロンでの音楽には自由な雰囲気がありました。
そんな風にくつろいで聴けるショパンの音楽は、現代のポップスのように、自分の感情を代弁してくれる機能があったのでは、と清塚さんは解釈しています。
引用してみます。
それら(ショパンなどサロンで聴かれていた曲)の曲は当時の多くの人の間で、「あの曲、いいよね」と、共感を呼んでいたのだと思うのです。というのも、その音楽は、愛や恋など自分が感じたことを素直に代弁するような曲だったように僕には感じるから。(P.84)
今の若者が、例えば西野カナの歌に自分の恋を重ねるように、当時の貴婦人たちもショパンの美しい(時に哀しい)メロディーに自分の心情を寄せていたのだ、ということですね。
この事象の背景には、フランス革命以後、一般市民が音楽を楽しむようになった、という大きな社会の変化もあります。それまでは音楽というのは、貴族や教会など限られた人たち・限られた機会だけで、楽しむものでした。
語りおろしのトーンがいい
文章は清塚さんが語ってきかせるような文体。(実際に語りおろしで作られた本ではなかろうか)。そのため、滑らかにスルスルっと内容が頭に入ってきます。
このことが一番奏功しているのが、西洋音楽史を時系列に追っていくところ。
西洋音楽史など、ともすれば専門的な内容になりすぎて、完読するのが難しい本もたくさんありますが、この本に関しては大丈夫。真剣に読めば1時間ほどで読めると思います。
かといって、内容が薄っぺらいかというとそうではなく、西洋音楽史の理解に、必要なエッセンスが、ちょうどいいレベルで詰め合わされている、という感じです。
クラシック初心者の方(僕もそうですが)はまず、こういう西洋音楽史全体を俯瞰できる本を一冊読み、それから個々の作曲家なり楽曲なりの解説を読んでいけばいいのではないでしょうか。
脚注が充実している
この本、脚注も充実しています。例えば「ヴィブラート」にも
声や楽器で音高(おんこう)を継続的にわずかに揺らしながら演奏すること
とあります。
この「ヴィブラート」というターム。弦楽器に触れたことのある人なら、まずまず常識の部類だと思いますが、全く楽器経験のない人には”なんのこっちゃ”っていうこともあるでしょう。
すごく親切なレベルで、本の内容を理解させようという編集側の姿勢を感じます。
ピアニストならではの視点がいい
音域が広がるベートヴェン
清塚さんはピアニストだけあって、ピアノについては一章分割かれて、思いいれたっぷりに書かれています。
ベートヴェンのピアノ・ソナタについても、ピアニストならではの分析視点が。
引用します。
一七九三年から九五年にかけて作曲された(ピアノ・ソナタ)第1番から、一八二二に完成した第三十二番までを順にたどってゆくと、おもしろいことがわかります。”曲のなかで使われている音域が、だんだん広がっている”ということです。(P.22)
ピアノという楽器の発達が、ベートヴェンの作曲の影響を与えていたというのは新鮮な指摘でした。実際に音符を指に移し替えねばならないピアニストだからこそ、注目してしまうポイントなんだと思います。
調律師との対談が新鮮
ヤマハの調律師さんと清塚さんの対談も興味深い。
調律師は「誰がピアノを弾くか」という点ももちろん考慮するけれど、「そのホールでどう響くか」を見極めるのが大切なのだとか。
そのほか、ステージの床の構造上、2~3センチ置き位置を変えるだけで、音の響きは変わってしまうそうです。
自分も職業柄、調律師さんのお仕事はよく目にするのですが、「音の高さ(ピッチ)を合わせているだけ」と思っていた…。勉強になりました。
最後に
ピアノという楽器、西洋音楽史、音楽関係者との対談など、バラエティーに富んだ内容を、専門性のレベルも調整しつつ一冊にまとめた、という意味では、ほんと”編集がよくできている”本だと思います。上述したように脚注も充実してますし。
清塚さんのファンにはもちろんのこと、クラシック音楽をちょっとかじってみたいな、という人にも、広くおススメできる一冊です。