歴史探偵

趣味の歴史、地理ネタを書きまくろうと思っていたら、仕事柄どうしてもTVの記事が多くなる今日この頃…

本「クラシック音楽とは何か」感想

とっつきにくい分野を俯瞰で見せてくれる実に良い本。

クラシック音楽とは何か

クラシック音楽とは何か

 

 

必要に迫られて買った本が”当たり”だった

自分はテレビ局のサラリーマン。そしてサラリーマンにはつきものなのは定期異動。今夏の異動ではクラシック番組を制作するチームに(突如)入ることになりました。クラシック音楽を親しみやすく、分かりやすく解説する、という内容の番組です。

自分は、クラシックはほんの趣味程度で年に一回、第九のコンサートに行ったりすることはありますが、あくまでやっぱり趣味程度。でもこれからは仕事でクラシックの音楽家や指揮者、専門家に会う機会も出てきます。そういう場面で呆れられることのないように、最低限の「クラシック音楽の常識」みたいなものを見につける必要があるな、と思いました。それで今、その手の本を読み漁っているわけですが、その本選びがむずかしい。何もホンモノのクラシックの専門家になるわけではないので、今の段階ではあまりにも高度な内容のものを読む必要はないです(のちのち、番組のテーマが決まってからはそういう専門レベルのものを読む必要も出てきますが)。あくまでクラシック音楽という分野を大づかみにするというのが今の段階。自分の中にスケッチ程度のクラシック音楽の見取り図を描き、あとで番組を制作する際、狭く深い知識を取り込んだ時に、それらを位置づけることができるようにしたいわけです。

そんな問題意識を持っている今日このごろな時に「これはいい!」という良書に出会いました。それが今回紹介したい「クラシック音楽とは何か」という本です。いったいどこがどんな風にいいのか、まとめておきます。

 

ちなみに著者はこんな人

※本の記述から抜粋

岡田暁生(おかだ・あけお)…音楽学者。京都大学人文科学研究所教授、文学博士。1960年京都生まれ。著書に『オペラの運命』『西洋音楽史』ほか

 

クラシックを定義してくれているのがありがたい

一般の人にとってクラシックって敷居の高いもの、専門的な知識を必要とするもの、みたいなイメージがあると思います。あと膨大な曲がありすぎて何から聴いていいか分からない、とか。そういう一般の読者に対して著者の岡田さんはこんなふうに言います。

誰も明言しないが、実は一般にクラシックと呼ばれているジャンルは、西洋の音楽史のかなり限られた時代に作られた音楽を指す。要するに十八世紀前半から二〇世紀初頭までに作曲された音楽のうちの一部が、「クラシック」のレパートリーになっているのである。バッハもモーツァルトもベートヴェンも、ブラームスもワーグナーもマーラーも、ドビュッシーもラヴェルもストラヴィンスキーも、皆この二〇〇年弱の時代の中にすっぽりと入っているのだ。

本の最初の方で、”なんだかよ~わからん”というクラシック音楽をビシッと定義してくれています。対象(ここではクラシック音楽)がモヤモヤしていたら、その対象を詳しく知りたい人はどこからどう手をつけていいか分からないけど、こんなふうにクラシック音楽を見える化してくれたら、「ああ、この時代のものだけを相手にしていればいいんだな」とずいぶん気がラクになるような感じがする(少なくとも自分は)。

またこの文章の中で「西洋の音楽史のかなり限られた時代に作られた音楽」という箇所が非常に重要だと思います。”限られた時代の音楽”ということはこれから先の未来、クラシックの曲は増えていかないし、この時代より昔の曲を聴く必要はない。これでだいぶ「何を学んでいけばよいか」についての見通しがスッキリしました。

 

ありそうでなかった視点を提供してくれるのがありがたい

クラシック音楽って、クラシックと言われているもの総体全てが一様にクラシック音楽だと一般の人は考えていると思います。しかし著者はこのクラシックの総体にはっきりした区分線を入れてくれます。自分が一番ハッとした区分線は下記の引用箇所。

図式的にいって、私たちがクラシックと呼んでいるヨーロッパの近代音楽には、二つの「極」があった。ドイツの交響曲とイタリアのオペラである。ドイツvsイタリア、そして交響曲vsオペラ両者はもう水と油のように音楽文化が違うのだ。ちなみにフランスやロシアなど、その他の国の音楽文化の体質は、何らかのかたちで両者の間にあると思っておけばいい。

(略)

(イタリア・オペラは)言うなれば当時の演歌のようなものであって、決してコンサートホールで真面目くさって聴くようなものではなかった。

この一文のおかげで自分の中のクラシック音楽見取り図に交響曲オペラ、大きな区画が二つできました。今まで自分はベートヴェンやモーツァルトはちょいちょい聴いていたけど、オペラは全くと言っていいほど聴いたことがない。クラシックの中でもさらに敷居の高いイメージがあったので。でもこの2つはクラシックの中でも全然違うジャンルだった。

で、これからは自分の中に出来たクラシックのオペラ区画を眼と耳の鑑賞経験で埋めていけばいいんだな、ということが良く分かりました。しかもイタリア・オペラは当時の演歌のようなものという。また本の他の箇所の記述によれば、イタリアのオペラ観客は熱烈な喝采を送ったり、アリア(独唱)の前奏でメロディーを口ずさんだりすることもあるそうです。ならば、有名なオペラから一つ一つ聴いて(見て)いけば親しみやすくて、案外面白いかもしれないぞみたいな期待も高まります(ドイツ・オペラはまた事情がちょっと違って、精神性がけっこう高いらしいのですが)。

また時代ごとのクラシックを捉える視点として、例えばベートヴェン以後のロマン派は(確かにロマン派という専門用語はよく聞く)音楽で自己表現をするようになった時代の音楽である、など明瞭簡潔に説明してくれています。ロマン派の時代は各々の作曲家が世界で一人しかいない自分の個性を発揮しようとして作品を書いたからクラシックで一番面白い時代なんだそうです。これで国ごとの区分線に加え、時代ごとの区分線も獲得でき、自分の中のクラシック見取り図がさらに充実しました。そうなってくると次はどの時代のどのジャンルを攻めればいいかみたいな戦略も立てやすくなります。こういう戦略を考えられる視点を提供してくれるのがとてもありがたいのです。

 

クラシック音楽的な視点による紀行(的)文がありがたい

本の後半には「ヨーロッパ音楽都市案内」と称して、ナポリ、ヴェネツィア、ウィーン、ザクセン(ドイツ東北部)、バイエルン(ドイツ南部)、パリの6都市(地域)を「クラシック的に斬ってみるとどのような断面を見せてくれるか」という内容の文章が収められています。日本人からついつい欧州は一つと捉えがちですが(自分が無学のせいもあるが)ここでも著者はクラシックの理解を助けるような地理的・音楽的補助線を引いてくれています。例えばこういう箇所。

ドイツの南北問題がある。正確には南vs東北というべきか。この場合の「南」とは、ミュンヘンを州都とするバイエルンである。伝統的にプロイセン中心の北ドイツとバイエルンは仲が悪い。むしろ後者は強くイタリアの影響を受け、そのバロック文化の伝統、とりわけカトリックの牙城であるという点で、文化的にはオーストリアに近い。

著者はこのようにドイツを二項対立的に捉え、ここからその音楽的特質も明らかにしていきます。南ドイツ(代表的音楽家はモーツァルト)では音楽を旋律主導で作っていく、東北ドイツ(その代表はバッハ)は音楽を土台(低音部)から考えていく、というふうに。こういうのを読むと次にクラシックを聴くとき、作曲家の生誕地・活躍地に注目してみようとか、曲はメロディー中心?その時の低音の響きは?など視点を持つことができ、音楽を味わう体験がより豊かになるような気がします。

あと意外だったのは音楽の都と言えば、問答無用にウィーンなのかと思っていたのですが、著者に言わせるとそれはウィーン(オーストリア政府)の巧みな自己演出がもたらした結果であり長らく音楽史にもたらした影響力の大きさでいうとヴェネツィアにウィーンは到底かなわないそうです。これがこの紀行文の箇所を読んでいて最大の「へえ~!」でした。こんなことを言われたら、俄然ヴェネツィアに行ってイタリア・オペラを観たくなるな。

 

最後に

著者はクラシックのみならず、歴史や文化、地理に至るまでの該博な知識で以って、クラシック初心者をその世界へいざなってくれます。その視点はものすごく俯瞰の位置にあって、初心者がどこに疑問を持ち、どこに理解のつまずきがあるか、全てわかった上で最適な助け舟を出してくれてるかのよう。著者の導きに素直にのればクラシックの世界を渉猟するための格好の地図が手に入ると思います。おススメの本です。