歴史探偵

趣味の歴史、地理ネタを中心にカルチャー全般、グルメについて書いています。

映画「BILL EVANS TIME REMEMBERD」感想

天賦の才の“幸福と残酷”

f:id:candyken:20190530135032j:plain

 

大切なものと引き換えに手に入れた音 

ジャズ・ピアニストの巨人、ビル・エヴァンスの伝記映画「タイム・リメンバード」を見てきました。

自分は、ジャズをそれほど聴き込んでいるわけではないですが、つとに名盤として知られる「ワルツ・フォー・デビイ」は大好きで、特に1曲目の「マイ・フーリッシュ・ハード」と2曲目の「ワルツ・フォー・デビイ」の美しさには参ってしまって、その2曲だけ何度も聴く、みたいなこともやってしまいます。

美しいメロディーなだけでなく、ピアノのタッチが非常に優しく、“心に触れる音楽”というのはこういう曲を言うんじゃないか、と勝手に思っています。

そういう類い稀な美しい音楽を創る人の人生がどうだったのか…。

やはり類い稀というか、壮絶な人生でした。まさに人生削って、自分の最も大切なものを音楽の神様(か悪魔か)に差し出して、引き換えに手に入れたのが、あの唯一無二のエヴァンスの音楽だったのかもみたいなことを思いました。

 

エヴァンスの伝記 & ジャズ史の中のエヴァンス 

映画は、エヴァンス本人の語り、そしてエヴァンスの周りにいたミュージシャン、親族、友人、恋人などの証言で進行していきます。

証言の選び方はとてもバランスが取れていて、若年期の家族の証言からは、エヴァンスの音楽の天賦の才を、活躍期には周囲のミュージシャンからの絶大な評価を感じることができます。晩年(といっても彼は51歳で亡くなりますが)は、恋人や友人の証言が多くなり、一番近しい人の目から、過酷な運命(ドラッグへの耽溺や、兄&恋人の自殺など)にエヴァンスがにいかに追いつめられていったのか、が分かるようになっています。

この映画一本見れば、エヴァンスの人生が一通り把握できるし、エヴァンスがジャズ史においてどんな役割を果たしたか(とりわけ、マイルスにどんな影響を与えたのか)についても一定のイメージがつかめます。84分と長編映画としては短めなのも気楽さを増してますね。

証言の合間、合間にはエヴァンスの名曲が散りばめられ、作品全体が一つの音楽アルバムのようにも。ビール片手にほろ酔いながら、音を聴いているのは気持ち良かったです。ただ、後半は重いエピソードが登場するので、時々、酔いが覚めるような感覚もありましたが…。

 

 “天賦の才”と“人生の幸福”の最適解は?

この映画を見て一番感じたのは「人間はどのくらいの才能を持っていると、一番幸福に暮らせるのか」ということでした。

映画の冒頭では、エヴァンスのピアノの才能が並外れていたことが語られます。

エヴァンスの姪(ハリー・エヴァンス)の証言

父(エヴァンスの兄、ハリー・エヴァンスのこと) が弾いているとビルは真下に潜ったわ 音に惹かれていたのね 子供なりに音楽に没頭していた

 エヴァンスの大学の教授の証言

主流はクラシック音楽だ ガーシュインやラフマニノフやヴィラロボスを弾いた。いとも簡単にね 天性の表現力があった

ビルの大学時代の友人の証言

朝起きるなりピアノを弾いていた 音楽棟の練習室にこもって何時間も弾いていた

才能が並外れていた、というよりピアノを弾くことに取り憑かれていた、という方が正確かもしれません。他人が弾いているピアノの下に潜って音を聴きたいとか普通、やらないし、朝起きるなりピアノを何時間を弾くというのも、努力しよう、なんて意思の力を使ってやっていたらできないでしょう。きっと、ピアノを弾かないではいられなかった、とにかく音を出していたかった、というのが本当のところだったのでは。

エヴァンスの、ピアノに突っ伏して弾くさまも、ピアノに取り憑かれている感があります。

それだけピアノに取り憑かれていたから、練習量やピアノについて考える時間も自然と膨大になり、ジャズ界であれだけの成功を収めることができたんだと思います。

でもそれだけ一つのことに取り憑かれてしまう、というのが全人格的な精神や、人生そのもののバランスも狂わしてしまう。そのどうにも狂ってしまう人としてのありようの均衡を回復するために、ドラッグに溺れていったんじゃないかな、と思ってしまった。エヴァンスが並のピアニストだったら、ドラッグは要らなかったのかもしれません。

作家の村上春樹はこんなことを言ってます。

(正確な表現ではないですが)「小説というような“人間の業”を深くえぐるようなものを生み出すには、自分自身が健康でないと、精神のバランスを欠いてしまう。だから自分は規則正しい生活を送り、運動もする」

もしエヴァンスが、村上さんのこの“芸術家への戒め”を自らに課していたら、ドラッグ漬けになって、早死にすることもなかったのかもしれません。

ロック・ギターの革命児、ジミ・ヘンドリックスも「悪魔が俺に取り憑いて、ギターを弾かせてる」みたいなことを言ってたらしいです。彼も、30歳になる前にドラッグの過剰摂取で死んでしまいました。

異常な天賦の才を与えられたら、その才能を上手に活かす手立てを考えないと、不幸になってしまう…というようなことが、どうも人間にはありそうです。まあ、才能がない人間にとっては関係ない話ですが。才能ないことも、悪いことばかりではないのかも(と自分を慰めてみる)。

 

最後に〜パンフは超おススメ〜

今回、映画のパンフを買ってみたのですが、これが良かった。

なんとスクリーン上の全字幕が文字起こしされているのです。これは映画を振りかえる時にものすごくありがたい。このブログ書くのに、早速引用させてもらいました。他の映画でも、真似してほしいなあ。