歴史探偵

趣味の歴史、地理ネタを中心にカルチャー全般、グルメについて書いています。

映画「カメラを止めるな!」感想(ネタバレあり)

誰もが見たあとに何か語りたくなる作品。

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やっと見れた!評判の映画

SNSでおおいに話題となり、自分の周りでも観了済みの人が増えていて、皆、口をそろえて「面白いよ〜。見た方がいいよ〜」と言ってくる映画「カメラを止めるな!」。ようやく見に行くことができました。

ふつうこれだけ評判が良いと、自分の中の期待値のハードルがぐんと上がってしまい、少々の面白さだとそのハードルを越えない…なんてことがしばしば起きますが、この映画に限ってはその心配も杞憂に終わり、本当に楽しんで見ることができました。

この記事では「完全ネタバレ仕様」(©️映画パンフレット)で、なぜそんなに面白く見れたのか、自分なりの分析を試みてみようと思います。

 

長回しワンカットの美点とは

冒頭のゾンビ映画を撮っている(かのような)長回しシーン。パンフによれば37分あるそうです。俳優が動き回る、撮影場所も激しく移る(建物の中から外から、車の中や屋上まで)、 血のりなど美術的な要素もどんどんつけ加わる…みたいな変化量が膨大なシーンによくワンカットを持ち込んだなあ、とその蛮勇に敬意を表したくなりました。

自分はなんの事前情報もなく映画を見始めたので、当初「いったいこれはどういう状況なんだ」というのも分からなかったし、出演者たちがどこへ向かおうとしているんだ、というのも分からなかった。こういう”分からないこと尽くし”のシーンって物語の推進力がないので往々にしてこちらの集中力が切れ、画面がどうでもよくなってしまうことが起きますが、今回はその心理に陥ることがなく、37分後のエンドシーンまで見切ることができた。それはひとえにこのシーンが長回しワンカットだったからだと思います。

ワンカットだとこちらとしては画面の中で起こっている事態の起伏に身を委ねるほかはない。実体験でも目の前で起こっていることが強烈だと、何かが起きているか分からなくてもじっと事態を凝視してしまうことがあると思いますが、それと同じことがあのシーンでは起こっていた。ストーリーや感情の動きに頼らずに、画の中で起きる事態をワンカットに耐えうるよう完璧に”刺激的に”組み立てて、それをそのまま映す。こういう映像の作り方もあるのだと、気づかされました。

あとよくよく考えてみると普段の生活って自分の眼はワンカット長回しなんですよね。だから眼を引きつけるに足る画さえ作ればカット割も編集も要らないということかもしれない。

ワンカット長回しシーンが終わって以後は、そのゾンビ映画の撮影の舞台裏で何が起こっていたのか、意味的・論理的に鑑賞者に分からせる必要がありました。ゆえに、そこからはオーソドックスなカット割・編集が行われていた。そのワンカット⇄編集のコントラストがこの映画に関しては実に鮮やか。映画文法を考えるうえで、今後、常に言及される作品になるのではないでしょうか。

 

ワンカットシーンに”適度に配置されていた謎”

冒頭のワンカットシーンでは、突如カメラマンに話しかける監督、えらく長すぎる地面の固定カット、えらく長すぎる女優の顔アップ等、ふつうの映像感覚で言うと「ん?ちょっと違和感あるな…謎だな…」というカットがいくつかありました。それを後半の種明かしシーンで一つ一つ丁寧に拾っていき、謎解きをしていきます。そしてその謎を一つ解くたびに館内が笑いに包まれていました。それらの謎はシーン中に適度に配置され、しかも鑑賞者がその違和感を覚えていられる程度に、ある種オオゲサに提示される。その謎を置く頻度、謎の強度など実にうまかったです。

そういう意味では非常に知的に構築された作品で、これだけ込み入った展開を成立させるのにいったいどのくらい脚本を書き直したんだろう、と思ってしまう。そしてその脚本を映像化するだけの現場の努力も熱かったんだろうな、と。知性×熱量×センスが掛け合わされた、どこをとってもハイクオリティな映画でした。

 

自分が作り手だと3倍くらい入れ込める映画

映画のパンフレットの中で映画監督の本広克行さんが「とてもとても映画愛に満ちている」と評しているのですが、その言葉がとても腑に落ちる映画でした。これは自分なりに解釈すると”映画を作ることについての愛”かな、とも思う。自分はテレビ制作の人間ですが、作品の中で、ほんと「これあるある〜」というところがすごく多いんです。

例えば女優が涙のシーンで

女優:目薬でもいいですか?

と言う。監督は、リアルに本物の涙で泣いてほしいので

監督:あー実際に泣くのは厳しそうですか?

と尋ねる。

女優:たぶん泣けますけど、そっちのが安心かなって

と応える。監督は色々言いたいこともあるがグッと飲み込み、了承する。その時、監督役が感じる切なさが画面いっぱいの表情になる。

制作現場って監督(TVだとディレクター)がやりたいこと、出演者がやりたいこと(やりたくないこと)、そして予算・人員・場所などの現実的諸条件のぶつかり合い。監督やディレクターの意図が無傷で通ることなどなかなかないです。その切なさ、やり切れなさが随所に見られ、共感値マックスなところしばしばでした。

それらの葛藤を

女優:よろしくでーす

のひと言で、なかったことにしてにキレイに丸めてしまう出演者。「これもあるよな〜」と分かりすぎてクスクス笑ってしまいました。

あとワンカットシーンの撮影中に、出演者が来なかったり、酒酔いで潰れたりしてトラブル発生して”ヤバい”って時には、スタッフそれぞれのアドレナリンがドバドバって出る。そして的確に状況を把握し、大きな声で仕切れる人(今回でいうと監督の娘)の指示に皆が従って問題を解決する。そんなところもリアルでした。TVの生放送の舞台裏もまさしくあれです。

でもそういう状況を乗り越えたあとの打ち上げは余計盛り上がったりもします。きっとのあの映画のスタッフさんたちもいい酒飲んだんだろうな…とかそんなことを思ってしまった。

 

最後に

ふつう日本映画やドラマだと一人くらい演技がヘタで見てられない俳優さんもいたりしますが、この映画は皆さん演技が達者で、違和感が全然なかった。映画の質と俳優の知名度ってあまり関係ないな、とも思いました。ただ映画のヒットには俳優知名度はある程度必要なんでしょう。でもこの映画は大ヒットしている。これはSNSで口コミが広がる新時代の現象なのかも。

伏線が張り巡らされていて二度見てもきっと楽しい映画。作り手の熱が画面から溢れている映画。もしまだの方がいたらぜひ見てみてください!

 

補足:まだ見てない人へ

冒頭の長いワンカットシーンはカメラが激しく揺れます。車酔いしやすい人は酔い止め飲んだ方がいいかも。あとスクリーンから離れた席の方が画面揺れの影響は少なくなるかもしれません。