歴史の切り取り方、主演の見事な演技、狙いがクリアなシーンの構築。全てが上手い。
あっという間の125分
チャーチルってどんなイメージだろう。
世界史をかじったことのある人なら、第二次世界大戦中のイギリスの首相だくらいは知ってるだろうし、もう少し詳しい人なら演説がたいへん巧みでノーベル文学賞を獲った…くらいまでは知識の射程が伸びるかもしれない。ちなみに歴史がそこそこ好きな自分のイメージも第二次世界大戦でイギリスを勝利に導いた雄弁家…くらいなものだ。どんな生い立ちで、戦争中にどんな境遇に置かれていたかなんてことまでは全然知らなかった。
しかしこの「ウィンストン・チャーチル ヒトラーを世界から救った男」を見て、チャーチルという人物を血の通ったひとりの人間として感じることが出来たし、国家の危機に際してリーダーはどう振る舞うべきか、についても想いを馳せることが出来た。監督はチャーチルを私人として、また偉大な政治家として描くことに成功していると思う。
また125分の作品時間も全く飽きることはなく、あっという間にエンディングを迎える映画だった。それだけこちらの興味をテンション高く持続させてくれた展開だった。
つまりはひとことで言って「あ〜面白かった!」という作品だったのだが、何がその要因だったのか、自分なりにまとめてみたいと思います。
物語が27日間に絞り込まれている
映画で描かれてる実際の期間は短い。チャーチルが首相に就任してからダンケルクの戦い(ドイツ軍によってフランス北西部のダンケルクに追い詰められた英仏両軍が、ドイツの猛攻をかいくぐってイギリスへの撤退に成功した)までのわずか27日間だ。
一般に歴史は語り出せばキリがない。特にこの映画に描かれているような第二次世界大戦の初期(1940年)など、状況は刻一刻と変わる。その大きな時代のうねりの中でどこにフォーカスするのか。ナチス政権が誕生した時や、ヒトラーがポーランドに侵攻した時だって物語の起点にすることは出来たかもしれない。またチャーチルの個人史にライトを当て、チャーチルが生まれた時や、軍人もしくは政治家になった瞬間から説き起こしても良かったかも。
しかしこの作品はそれらの準備的要素はスパッと落とし、チャーチルの人柄を最もよく表現出来るであろうイギリスの危機的状況の瞬間にフォーカスした(ちなみに作品の原題は「DARKEST HOUR=最も深刻な時期(拙訳))。ヒトラーが東欧・北欧諸国を制圧し、ベルギー、フランスに迫り、イギリス侵攻も時間の問題とされていた国難の時だ。いわば物語の主人公が最も映える時代的背景を用意し、チャーチルを描き始めたということだ。この潔い割り切りがこの映画成功の第一の要因だったと思う。
主演・ゲイリー・オールドマンの役作りの見事さ。
ゲイリー・オールドマンを特殊メイクで見事、チャーチルに変身させ、日本人で初めてアカデミー賞・メイクアップ&ヘアスタイリング賞に輝いた辻一弘さんの偉業は国内の報道でも華々しく伝えられていたが、確かにチャーチルの顔の出来栄えは見事だった。特殊メイクであることは分かっていたので、大画面に目を凝らして、実肌とメイクの境を見極めてやろうと思っていたのだが、全然分からなかった。
パンフレットでは辻さんはこう語っている。
予算も限られていましたから。後でコンピュータを使って修正するわけにもいかないし、そのままでやらないといけないので、難しかったです。
だとすればあの映像は修正ナシのナマのままなのか…。ほんとプロの技術には脱帽である。
プロの技術と言えば、ゲイリー・オールドマンその人の演技も素晴らしかった。当時のチャーチル65歳で、今のオールドマンが60歳なので、実年齢はそんなに違わない。しかし他の映画などで見ていると実際のオールドマンからは全く老人くささは感じない。一方1940年当時の65歳はしっかり老人だっただろう。つまりまだまだハツラツとしている男が自分を適切に老けさせて演じているわけだ。少しつっかえながら話したり、背がやや丸まっていたり、老人特有の癇癪を起こしたり(これはチャーチル特有のものかもしれないけれど)と現実の老チャーチルはきっとこんな感じだったんだろうな、と説得力十分だった。
上手いモノマネ芸人の芸を見ていると、真似られている本人を知らなくても面白かったり、感心したりすることがあるが、それに近い感じかもしれない。
パンフレットにはオールドマンが実際に行った役作りの工夫が書かれている。
オペラ歌手に協力をしてもらったんだ。ピアノでチャーチルの声域をトレーニングした。『これが彼の一番低い音、これは彼が話す音域』という感じで、声に出して練習したんだ。
やっぱり世界の一流俳優は違う。もちろん血の滲むような努力もするが、その努力も方法も独創的だ。オペラ歌手の協力を仰ぐなんて発想できない…。今さらながら「ゲイリー・オールドマンすげえわ!」と感嘆してしまった。
チャーチルの"言葉"を前面に押し出すシーン作り
今回の作品は戦時下の緊張した時期を描いているが、戦争のシーンはほとんど描かれない。代わりに特徴的に多いのはチャーチルが"言葉"を扱うシーン。そもそもチャーチルが初めて登場するのも新人タイピストに電報を口述筆記させるシーンだし、名シーンであるラジオに向かって国民に演説する場面も、感動的な大ラストの議会での演説も雄弁に言葉を操るチャーチルのひとり舞台だ。
口述筆記や演説は画的な変化が少なくあまり映画的とは言えない(と思う)。にも関わらず今回、これほどまでにそういうシーンが多いのは、やはりチャーチルの言葉そのものに力があり、それがそのまま時代的な状況を表現した魅力的な詩であるからだろう。
映画中のラジオの演説から一部を抜粋してみる
国民の皆さん。首相として初めてお話します。深刻な危機に瀕した我が国について、大英帝国について、連合国について、何よりも自由という大義について。
人類の歴史を汚す独裁者から、フランスのみならず人類を救うために、今、一つの誓いが我々を団結させる。
自由や人類という大仰なワードを含んでいてもサマになるのは、チャーチルがそれだけ威厳を感じさせる人格であったからだろうし、それを体現しているゲイリー・オールドマンの技術と貫禄が成せる業でもある。映像的に”旨み”のないシーンでも良い映画を撮れるのだ!と腹をくくった脚本家・監督の勝利でもある。
ここで少し作品論から離れるが、チャーチルの不倶戴天の敵だったヒトラーもチャーチルと同じく演説の天才と言われた。70年前は生身の人間が操る言葉そのものが詩的であり、政治家自身の世界観を語って(ある種)魅力的だったのだろう。
しかし今の政治家の言葉はもっと粗野で直截的で人々に豊かなイメージを想起させるというものではない(例えばトランプのことを念頭に置いてます)。
しかもその粗野な言葉はインターネット・SNSに乗せられ人々を過激な行動へと駆り立てる。言葉の力というよりもテクノロジーの力によって。
そう考えると70年前の世界は今よりずっと単純で牧歌的だったし、一人の言葉の天才によって決まる情勢というのもあったのだろう。
現代はチャーチルのような言葉による”英雄”は生まれにくい時代なのかもしれない。
こんな人におススメ!
歴史が好きな人はもちろんのこと、人間の心理ドラマが好きな人、人を魅了する”言葉”について考えたり、感じたりするのが好きな人も楽しめると思います。