常磐線は"東京の下半身"である。
- 作者: 五十嵐泰正,開沼博,稲田七海,安藤光義,大山昌彦,沼田誠,帯刀治,小松理虔
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2015/03/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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- 常磐線を正面から語る本がある
- そもそも常磐線とは?
- 常磐線は"顔がない"?
- 常磐線はそもそも東京と茨城方面を結ぶものではなかった?
- 常磐線は"海岸線"?
- 常磐線に強みがあった時代も
- 常磐線の運命を変えたもの
- 常磐線沿線が"東京の下半身"である理由
- 「常磐線中心主義 」序章を読んで改めて常磐線を考える
- その土地の”下半身性”に注目する大切さ
常磐線を正面から語る本がある
私事ながら茨城県出身の妻と結婚して2年になります。自分は関西出身なので茨城県にはほとんど縁がなかったのですが(関西人の関東イメージって東京、あとせいぜい神奈川くらいで止まると思う)、やはりその土地の人と結婚すると、盆・暮れ・正月、その他の機会で茨城を訪れることが相当増えました。
その際、利用するのが常磐線の特急「ひたち」「ときわ」です。品川・上野~茨城間を結んでいます。JR東日本のチケット購入サイトえきねっと(ちょっと使い方がややこしいですが、絶対利用した方がいいです。特急券安くなる上に、スイカだけで特急乗れます)で、チケットレスの特急券を買ったりするのにもようやく慣れてきた最近、面白いタイトルの本を見つけました。
「 常磐線中心主義(ジョーバンセントリズム) 」。
常磐線を中心に据える…?いったいどういうことだ…?なんともそそられるタイトルです。
自分はある土地に行ったり、鉄道路線に乗ったときは、その土地に関する本をめくりながら過ごすのが何よりも好きなので、この本を読んで常磐線に乗ったら一興だろう、と思い購入。家で序章を読み始めたら、非常に独特の観点で常磐線を分析してて、すこぶる面白かったです。そう感じた理由をまとめてみました。
なお青字の部分は自分の私見・感想です。
そもそも常磐線とは?
路線的には…
日暮里駅(東京都荒川区)〜岩沼駅(宮城県岩沼市)343.1km
2015年春の「上野東京ライン」開業までは常磐線の起点は上野駅だった。現在は品川駅起点。
常磐線の「常磐」は常陸(ひたち)=現在の茨城県、と磐城(いわき)=現在の福島県浜通り辺り、を指す二つの地名から一字ずつ取ってつけられた。
常磐線は"顔がない"?
"顔がない"=常磐線には「特段のイメージがない」ということ。
逆にどの路線だったらイメージがあるのか。この本で挙げられているのは…
東急田園都市線・東横線…「幸福な家族」が暮らす郊外を表彰するドラマや映画の舞台になる。
JR中央線…小説や漫画に繰り返し描かれてきた「中央線文化」のように特色あるサブカルチャーが注目される。
です。
また常磐線沿線の街は「首都圏住みたい街ランキング」の類には無縁で、憧れの対象として語られることがないとも。
私見ですが、確かに常磐線には"顔がない"かもしれませんが、ここで挙げられている路線のように"顔がある"路線の方が珍しいように思います。例えば東武東上線だってどんな顔があるのか、と言われれば、埼玉方面と池袋を結ぶ生活路線、という以外に表現のしようがない気もする。ただし常磐線は単に人を運ぶだけではない別の顔がありました。以下、詳述。
常磐線はそもそも東京と茨城方面を結ぶものではなかった?
常磐線というと東京と茨城&福島浜通りを結ぶ路線と即座にイメージしがち。しかし常磐線より先に東北本線(当時は私鉄の日本鉄道本線)が通る栃木県小山市から茨城県水戸市への路線の方が早く通されていた。このうち友部〜水戸間が現在、常磐線となっている(小山〜水戸間は現在、水戸線)。
つまり水戸への路線は当初、あくまで東北本線から支線としての位置づけだった。
常磐線は"海岸線"?
国鉄以前、この路線を保有していたのは私鉄・日本鉄道。その時代の常磐線の路線名は「日本鉄道海岸線」(1909年の国有化まで)。路線名に地方名や都市名が冠されていなかった。つまりこの路線は東京から北日本へ通じる東北本線を補完する、海岸回りのバイパスとして位置づけられていた、と考えられる。
常磐線に強みがあった時代も
ただ常磐線は東北本線と比して強みがあった。それは常磐線の最大勾配がなだらかなこと。ゆえに昭和初期から高度成長期までの鉄道貨物輸送が陸運の中心だった時代には、東京から東北・(青函連絡船経由の)北海道方面への物流の主軸だった。
鉄道にとって地形を克服することがいかに重要か、この一事をもっても分かります。
また1950年のダイヤ改正では、青森行きの急行・準急はすべて常磐線経由になったことも。東北方面初の特急「はつかり」も常磐線経由で運行されていた。
しかし1968年、東北本線全線の電化・複線化が完成すると、技術が地形条件を克服。長距離列車のうち常磐線経由のものは徐々に少なくなっていく。1982年の東北新幹線の開業以降は、長距離列車経路としての常磐線の重要度は決定的に低下。現在、東京方面からの特急は全ていわき駅止まりである(それより長距離の列車はない)。
常磐線は東北方面の鉄道輸送の主役に躍り出たことがあったものの、再び脇役に退いたと言えます。
常磐線の運命を変えたもの
もともと東北本線の支線という出自を持つ常磐線。それが東京方面への路線としてその重要度を増したのは常磐炭田(茨城県から福島県にかけての炭田)の存在があったから。
幕末に発見された常磐炭田は当初、小名浜港(いわき市)から帆船による海路で運搬されていて、輸送力も小さく、海難事故も頻発していた。それが常磐線がいわき市まで伸びた結果、輸送力が増強され、採掘高も劇的に伸びた。この常磐炭田の石炭が日本のエネルギーを支えた。
つまり常磐線は当初、人を運ぶより石炭という物資を運ぶ方がはるかに重要な役割だった。
常磐線沿線が"東京の下半身"である理由
石炭以外にも常磐線沿線は日本を”舞台の下の力持ち”的に日本を支え続けた。
電気
広野火力発電所、常陸那珂(ひたちなか)火力発電所、勿来(なこそ)火力発電所、新地発電所といった火力発電所群。
東海発電所、東海第二発電所、福島第一原発、福島第二原発などの原子力発電所群。
農産物・水産物
※統計は本に掲載された当時のものです。
常磐線沿線の茨城県は2008年以来農業産出額の都道府県別2位を連続して維持している。品目別でみると、茨城県が生産額の都道府県別1位になっているものも非常に多岐にわたっている。
- ピーマン、栗、メロン、レンコン、チンゲン菜、水菜、春レタス、夏ネギ、鶏卵。
水産業では
- サバ類、マイワシも全国1位の漁獲量。
地域の風土を生かした際立った名産品を作るというわけでなく、首都圏の日常を支える種々のコモディティ(大量流通品)としての食品を淡々と供給してきたのが茨城県。
工業
再び茨城県。2013年までの10年間で、新規の工場立地面積が全国1位(1789ヘクタール)、県外からの工場立地件数に至っては、2位の兵庫県以下に大きく水をあけての全国1位。
常磐線沿線の福島県いわき市。炭鉱の街から工業都市に脱皮することに成功して久しく、平成7年以降東北地方第1位の製造品出荷額を誇っている。
ここで本文を引用しておきます。
あえて言おう。常磐線沿線は、「東京の下半身」なのだ。近代以降の日本の「地方」はおしなべてそのように編成されてきたが、常磐線沿線はその色彩がことのほか強い地方だといえる。産業地帯としての抜きんでた優秀さと、その供給力を引き寄せる東京の圧倒的な重力の強さ、常にすぐそこにある身近さ、そして、それにもかかわらず、その意識のされなさと語られなさにおいて。
下半身とは、その存在(この「常磐線中心主義」においては東京)を支えているのにもかかわらず、外からの視線はそこに向かわないもの、という意味でしょう。自分たちも誰か別の他人に会ったとき、その人の下半身よりも(当たり前ですが)顔に注目します。 下半身は上半身や顔を支えているのに注目されない、報われない存在。
「常磐線中心主義 」序章を読んで改めて常磐線を考える
常磐線の成り立ちやそれが輸送してきたものを考えると、常磐線は常磐線沿線よりももっぱら東京に資するためだけに黙々と働き続けてきた路線のように思います。それだけ東京の”役に立つ”という圧力が常磐線には強くかかっていた。それを「常磐線中心主義 」の中では「東京の重力」と表現しています。ゆえに常磐線を分析すれば東京という街がいったい何なのか分析できる、とも。
その土地の”下半身性”に注目する大切さ
この本が提唱する、ある鉄道路線・地域の”下半身性”に注目するというアプローチは他の地域を分析する際にも非常に有用だと思います。
自分のふるさとは京都府舞鶴市ですが、その隣接自治体である福井県高浜町ほか、若狭湾沿岸には関西電力の原子力発電所がズラリと並びます。ゆえにこの若狭湾沿岸を「原発銀座」と呼ぶことも。
観光目線で言うと、若狭湾は美しいリアス式海岸や新鮮な海の幸などがまず語られますが、関西から下半身目線を投げかけてみると、若狭湾の原発銀座がいったいどれほどの関西の人々の産業・生活を支えてきたかが明らかになるのでしょう。
日本の地域をみるときに「都道府県魅力度ランキング」といった”上半身目線”にとらわれず、その”下半身性”にも注目していきたいなと思います。そうすればその土地の真の強みを理解することにもなるし、その下半身性からその土地の顔を張れるようなもの、ブランドになるようなもの、を見つけ出すことができるかもしれない。また日本の発展の非対称性(”下半身性”をある特定の場所に押し付ける等)にも敏感になれるかもしれません。
※京王線も東急・田園都市線ももともとは”多摩川の砂利”を運ぶものだった?東京の私鉄の意外な歴史についての記事。
※本記事中では「常磐線は東北本線に比べて勾配がゆるい」と書きましたが、実は東北本線もあまり高低差がない、という事実。