歴史探偵

趣味の歴史、地理ネタを書きまくろうと思っていたら、仕事柄どうしてもTVの記事が多くなる今日この頃…

NHK未解決事件「赤報隊事件」・感想〜ネット時代のTVの伝え方〜

知らない事実が満載、主演の演技は見事で演出もハマっている。ただ視聴者層は選ぶかも。

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NHKスペシャル未解決事件「赤報隊事件」を見た。元SMAP草彅剛さんが主演ということで、興味を惹かれたのが見ようと思った動機。赤報隊事件にそれほど(いや、全く?)関心があったわけではないので、正直、草彅さんが主演でなかったら見てないだろう。民放などではジャニーズ事務所にソンタクして、元SMAP3人のドラマ主演起用を見送る、といった事態がネット上ではささやかれる中(ほんとの事実は知らないが)草彅さんをどっしり主人公に据えられるNHKはスポンサーに左右されない公共放送の面目躍如といったところか。

 

で、番組の感想ですが、率直に言って自分はとても面白く見ました。

 

まず赤報隊事件のあと、この30年間に舞台裏で進行していた事実が単純に興味深い。朝日新聞社が”特命取材班”を作って独自に犯人を追っていたとは…。またその取材班があともう一歩のところでないか犯人(と思しき人物)に接触できるところまでに迫っていたとは…。

 

組織全体をテロの標的にされた朝日新聞社。総力を挙げて、仲間の死に報い、かつ真相を究明しようという社の覚悟が伝わってきた。

 

また草彅さんが演じた樋田記者。記者人生を捧げて犯人の行方を追う…というと聞こえはいいが、ドラマでも描かれていたように、「(本来の記者の仕事である)事件事故の取材をせずに、犯人の捜査ばかりしやがって」と周りから浮いたりしたこともあったんだろうな、と推測する。ただ大きな組織だからこそ、記事を書かない記者を置いておける余裕もあるのだろうが。

 

番組の中で最も熱を帯びたのは、番組後半、事件の鍵を握ると目される右翼団体の重要人物と、主人公の樋田記者がぶつかったシーン。

 

互いに言論は暴力か、テロは許されるか等を巡って論を戦わせたあと、おそらくこの番組のテーマをズッシリと背負った重いセリフを、樋田記者こと草彅剛が、叩きつける。「朝日新聞が間違っていることもありますし、激しい議論が起きることもあります。しかし、立場の違いを認めず、考えの異なる者を銃で撃ち殺し、それが正義だと主張したのが赤報隊です。そういう意味で殺された小尻記者に向けられた銃弾は、自由な社会を求める私たちひとりひとりに向けられたものなんです。だからああいう暴力は絶対に認められない」

 

草彅さん、良い役者だなあと改めてと思う。ほんとに草彅さん自身がテロへの怒りに震えているような迫真の演技。この演技を見るにつけ、話題性だけで草彅さんがキャスティングされたのではない、というのがわかる。

 

演出のキレもいい。役者の演技のメッセージの力を細大漏らさず伝えようと、カメラもドアップで30秒以上のワンカット。 この一連の対決シーンは照明の陰影も見事で、ドラマ演出としても一流の仕事だと思った。

 

…という具合に自分はこの番組を実に楽しみながら一気に最後まで見たのだが(きょうび73分の番組を一気に見ることなんて、まずない)少し引っかかったところもあった。

 

それはこのドラマを味わうのには幾つか前提となる知識を備えてないといけないということ。

 

朝日新聞は戦後、一貫して左翼的(赤報隊の表現ならば「反日」)な論陣を張っていた、とか靖国神社を公式参拝するというのは(ざっくり言うと)右翼的行為だとか、そもそも「右翼左翼って何だ」、とか。この辺りの知識がないと、そもそも「なぜ赤報隊は朝日新聞社を襲ったの?」ということが分からない。

 

これらの知識って、マスコミが情報のほぼ唯一の摂取源だった少し前までは「常識」と謳っても良かった気がするのだが、皆が(特に若者が)スマホで個々に自分の関心がある話題に接するようになった現代では、必ずしも常識とは言えなくなったのではないか。

 

今回のドラマは、ジャニーズ事務所をあとにしてその去就が注目されている草彅さんを起用している時点で、その話題性を利用して、視聴者の年代・興味関心を問わず幅広いクラスタの人たちに見てもらいたい、という意図は制作者側にあったはず。しかしその制作者の意図とは裏腹に、前提知識がけっこう必要という観点からは実は視聴者を限定してしまっているのではなかろうか。

 

事実、自分の妻(30歳)には、時々録画を止めて、解説を入れないとストーリーが分からないようだった。なぜ公式参拝を取りやめた中曽根さんが赤報隊に狙われるのかが分からないのだ。

 

もちろん「そういうの常識ないと思いますよ」「勉強不足なんじゃない?」というのは簡単。ただそういう"勉強不足"の層を切って捨てていると、TVはますます見向きもされなくなるだろう。

 

あとネット時代とはそもそも”常識が何なのか”よく分からなくなる時代のことなのだ。個々で自由に情報を取りにいくわけだから、いくつかのクラスタに分断されてゆくのは自然なこと。このことをかつて宮台真司は”島宇宙化”と呼んだ。

 

そう思うと時々、民放でやっている池上彰さんのニュース解説番組などはやはり貴重なのかもしれない。

 

池上彰さんがスタジオベースで進行している番組に、今回のようなドラマが(贅沢にも)インサートVとして流され、それを受けて池上さんが解説する、とかだったらもっと理解が深まったかも(ただそうするとドラマの作品性・芸術性が失われてしまう。難しいところだ)。

 

もしくは高校の社会科の授業に先生の解説付で利用するとか…。

 

主演は草彅剛、演出は質実、脚本の基になるファクトの取材も盤石と、ドラマとしてのクオリティは高く、見る者の感情を喚起する力は高いコンテンツ。ゆえにそのポテンシャルが最大限に生かされる受け取られ方があればいいなと切に思う。