歴史探偵

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東寺 空海と仏像曼荼羅@東京国立博物館・感想

“密教”は実際見てみるに限る。

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解説と展示コンセプトが素晴らしかった

東京国立博物館で開催されている「東寺 空海と仏像曼荼羅」に行ってきました。

密教や空海についても優しくゼロから説き起こす解説が秀逸で、さほど歴史や仏教に詳しくない人にも優しい展覧会だったと思います。

また密教の秘密の儀式を、本物の文化財とレプリカ・写真を使って再現したり、東寺の立体曼荼羅に関しても、全ての仏像が展示されていない部分を写真で補って、その全体の空間構成が感じられるよう工夫されていました。ともすれば難しくなりがちな仏教の専門的内容を、噛み砕いて伝えようという配慮を随所に感じて、けっこう感心してしまった。

じっくり見たら2時間以上かかる充実の内容でもありました。自分がグッときたポイントや、おススメの鑑賞法についてまとめておきます。

 

最初に10分の解説動画を見るのがグッド

会場は東博の平成館。入ってすぐにチケットをチェックされるポイントがありますが、真っ直ぐそこには向かわず、右に折れてガイダンスルームに行くのをおススメします。

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ここでは「東寺 立体曼荼羅 空海の仏たち」という10分の動画が流れています。

  • 空海が奉じた密教の中心には、大日如来がおわすこと。
  • 曼荼羅は密教の世界観を表すものであること。
  • その世界観を衆生に、より直接的に感じてもらうために、空海は立体曼荼羅を考案したこと

などなど、これらの展示を見る前に押さえておいた方がよい前提をコンパクトにまとめてくれています。

10分という気楽に見られる尺ですし、まずはこれを見て東寺と空海についてウォーミングアップしておきましょう。

 

“密教”ってそもそもなんだ? 空海による解説も読んでおこう

展示は4つの章に分かれています。

第1章のタイトルは「空海と後七日御修法(ごしちにちみしほ)」。後七日御修法とは空海が開いた真言宗の中で、最も重要な儀式のこと(後で詳述します)。

このコーナーでは特に重要だと感じる解説が2つありました。

一つ目は密教ってそもそもなんだ?ということ。

密教は釈迦が説いた原始仏教から1000年以上のちのインドで生まれました。展示の解説によれば、当時(7世紀)、インドで仏教の勢力が衰えていたので、インドで最も信仰されていたヒンドゥー教の神々を取り入れて、勢力回復を図ろうとして仏教サイドが生んだ新潮流のことだそうです。

密教で最も格が高いとされる仏は大日如来です。その大日如来の説く真理は、大日如来の下で修行をする菩薩たちでさえ、理解できないほど奥深い境地であり、経典でもあえて説明することがない秘密だそうです。

展示の解説の表現を借りてまとめると…

密教とは見つけることができない“秘密”を求めるものなのです

となります。

もう一つ、重要だと思った解説が、展示品の「御請来目録」に関するもの。

「御請来目録」とは唐に2年間留学し、当時の中国で最先端の教えだった密教を学んだ空海が、日本に持ち帰った経典、仏画、法具をリストアップした目録のことです。

この目録の前書きで空海は「密教の教えは奥深くて文章では説明しきれないのであるから、図画をつかって理解しない人に伝える必要がある」と説いているらしいのです。

これらのことをまとめると、密教の教えはどうやら、経典の言葉を追うだけでは理解することができず、図画を使って直感的に感じるものらしいということが見えてきます。空海が考案した立体曼荼羅も、この考え方の延長線上にあるのでしょう。

 

 「後七日御修法」の再現展示自体が密教的なのかもしれない

第1章「空海と後七日御修法」コーナー最大の見所は後七日御修法という儀式を展示内で再現していること。

後七日御修法は、真言宗最高の秘密の儀式で、東寺の灌頂院(かんじょういん)というお堂で、正月の八日から十四日にかけて行われます。真言宗のトップクラスの僧侶が全国から集結し、国家の安泰と天皇の健康を祈るのです。

この儀式が、実際に使われる仏画、曼荼羅、法具と写真パネルを使って、その空間を感じられるよう、美術セットのように再現されているのです。

こういう設えがあると、仏画が単に鑑賞用と描かれたのではなく、儀式の中で実用的な目的をもって用意されたのだということが一目で分かります。あの密教独特の金色に輝く法具も、儀式の空間に置かれてみて、初めてその本当の姿が見えてくるような気がします。

くどくど解説するのではなく、一目瞭然のセットを作って「ここで感じて!」というやり方。これこそ密教的なのかもしれない、と思ったりもします。よくよく工夫された展示でした。考えた人、エラい!

 

第2章と第3章前半は“ライトめな鑑賞”でいいかも

第2章は「真言密教の至宝」、第3章は「東寺の信仰と歴史」という構成になっています。

これは全くの私見ですが、時間がなかったり、体力に自身のない人は、第2章と第3章前半は、やや流し見でもいいかもしれません。

というのも、このパートは古文書の割合がけっこう多い(どれもこれも歴史的には貴重なものですが)ですし、第3章後半と、第4章に珠玉の仏像群が控えているので、それまでにあまり疲れすぎちゃうと、もったいないかな、と。

でも逆に歴史的な史料に強い関心がある人はこの辺りじっくり見ることをおススメします。荘園の歴史など中世の歴史の研究には、東寺に残された貴重な文書が相当役立っていることがよく分かります。

また、第2章の途中には曼荼羅の構成について短い動画も流されていますので、これは見ておきましょう。曼荼羅を見る指針になると思います。

 

兜跋毘沙門天に“平安京を想う”

第3章の後半、第2会場に足を踏み入れた際、迎えてくれるのが「兜跋毘沙門天立像」。 

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「兜跋毘沙門天立像」※ 図録より

この仏像、背もスクッと高く、全体的に高貴な雰囲気をまとっていて非常にクールです。「お、いよいよ東寺の仏像見に来たなあ」というアガる気分にもなりました。

この兜跋毘沙門天。もとは平安京の正門である羅城門に置かれ、都を守護していたものだそうです。その後、羅城門が天災などで倒壊したため、東寺の移されたという記録が残っています。 

1200年前、この仏像は、その眼でどんな都の姿を見ていたのか、と想うと楽しくなってきます。

 

傑作・東寺仏像群。個人的な白眉は「持国天立像」

第4章「曼荼羅の世界」は、この展示最大の見所、東寺・立体曼荼羅の再現です。

言葉では伝えきれない深遠な密教の真理をあまねく衆生に伝えるべく、空海が創造した立体曼荼羅。いつもは東寺の講堂で見ることができますが、それが本物の仏像と、一部写真パネルを使って、展示内に再現されています。

ただ、こんなことを言っちゃうと身もフタもないんですが、ただ立体曼荼羅を見るなら、普段安置されている京都・東寺で見た方がいいです。

理由としては第一に全ての仏像が見られる(東博の展示では、仏像群全て見られるわけではない)、第二に人が少ない…。自分が行ったのは、5月17日金曜日の18時でしたが、やはりそれなりに混雑はしていました。

一方、今年の一月、平日に京都・東寺に行ってみたんですが、立体曼荼羅のある講堂内は自分含めて参拝者は数人ほど。講堂の中で21体の仏が放つ緊張感は独特のもので、すごく贅沢に鑑賞させてもらうことができました。

でも東博の展示が素晴らしいのは、やはりその解説です。自分は今回の展示を見て立体曼荼羅への理解が格段に深まった気がしました。

例えば、自分が一番心惹かれた「持国天立像」。

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「持国天立像」※ 図録より

怒りの表情の迫力がハンパない仏像です。そこまで仏像に詳しくなくても「この仏像なんか違うぞ」と感じられる。

解説文の最初のキャッチフレーズには「日本一怖い四天王」と書いてあります。この一言で、それぞれの仏像のキャラをサクッと把握できるんです。

またこの持国天のように「〜天」という仏は天部の仏。インドのヒンドゥーの神々を密教が取り入れたもので、仏教の守護者です。これも端的に「仏や寺のガードマン」のように表現されている。こういう一言で分かるコピーが散りばめられていて、ありがたかった。

ですので、この展覧会で知識を仕入れ、本場の東寺で改めて仏像を見直す、というのが一番丁寧な鑑賞方法なのかもしれません。

唯一撮影できた仏像 イケメン・帝釈天

こちらは「帝釈天騎象像」。

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今回、唯一撮影が許された仏像です。

他の天部の仏とは違い、切れ長の目が涼やかでイケメンな印象でした。仔細に見ていくと仏像の個性がじわじわ感じられてきて、自分推しの仏像も発見できると思います。

 

最後に〜訪れる時間帯はよく考えて〜

先述したように自分が行ったのは5月17日金曜日の18時。そこそこの混み具合でした。係員の人に聞いてみると、平日の昼間はかなり混んでて、入場規制する場合もあるそうです。

いつぞやの阿修羅展もそうでしたが、東京で仏教系の展覧会を実施すると必ずかなりの混雑になりますね。少しでも空いている時間帯に訪ねたいものです。

 

今年(2019年)1月に京都・東寺を参拝した時の記事です。

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