歴史探偵

趣味の歴史、地理ネタを中心にカルチャー全般、グルメについて書いています。

没後50年 藤田嗣治展@東京都美術館・感想

大芸術家の成長と変遷の記録。

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最強の芸術家・藤田嗣治

展覧会を見終わってすぐの感想は「う〜ん、藤田嗣治ってこんなに凄い画家だったのか…」というものでした。

単に自分が不勉強なだけなんですが、藤田嗣治のイメージって戦前にフランスに渡り、その地でそこそこ名を成して、何やら画面が白っぽ〜い女性の絵を描いていた人…くらいなものでした(スイマセン、ほんとにこのくらいのイメージしかありませんでした…)。

なので、展覧会もさほど期待せず、美術館に着いたのも夕方4時前。ま、1時間半あれば何とか見て回れるでしょ、って思っていた。

それがけっこうギャラリー来てるなあ…なんて思いつつ絵を見始めたら、面白いのなんの、ブログのネタを集めたいのもあって、マメにメモを取りながら見ていたらとても時間が足りません。展覧会がⅧ(第8章)まであるのに、Ⅳ(第4章)くらいで残り15分。それ以降はほぼ流し見になってしまいました。

では藤田嗣治の何がそんなに面白かったのか。

それは藤田の芸術家としての”圧倒的な強さ”です。

藤田は日本人であることの強みを最大に生かして西洋絵画に挑み、フランスの地で成功を収めながらも、その成功を捨て大胆にスタイルを変更。日本に帰国し、戦争を賛美するかのような時流にのった姿勢を見せているのに、もう一度フランスに渡り、カトリック教徒になって一生に終えている。

激変する環境をしなやかに、したたかに自分の中に取り込み、最上の絵画としてアウトプットして見せるその逞しさ。「こんな強い芸術家が日本人の中にいたのか!」と本当に驚きました。

さて、上述したように展覧会の鑑賞としては非常に中途半端になってしまったのですが、どんな絵がどんなふうに良かったか。レポートしてみたいと思います。

 

ざっくりわかる!展覧会の構成〜集中するならチャプターⅣだ!〜

展示は全部で8つに分かれています。

  • Ⅰ  原風景ー家族と風景
  • Ⅱ   はじまりのパリー第一次世界大戦をはさんで
  • Ⅲ  1920年代の自画像と肖像ー「時代」をまとうひとの姿
  • Ⅳ  「乳白色の裸婦」の時代
  • Ⅴ  1930年代・旅する画家ー北米・中南米・アジア
  • Ⅵ-1「歴史」に直面するー二度目の「大戦」との遭遇
  • Ⅵ-2「歴史」に直面するー作戦記録画へ
  • Ⅶ 戦後の20年ー東京・ニューヨーク・パリ  
  • Ⅷ   カトリックへの道行き

この中でいわゆる藤田的なスタイル(「乳白色の下地」等)が全面的に表れているのはⅣです。でもこの展覧会では、藤田がなぜそのスタイルを獲得するに至ったか、Ⅰ〜Ⅲの章の作品と解説で噛んで含めるように解いてくれています。

なので時間がない人(もしくは全部の絵画を等しく見ていると疲れてイヤになっちゃう人)はⅣに一番集中力を使えるよう調整すると良いと思います。

自分は時間の制約からそうせざるを得なかったわけですが…。

とはいえ、やはり藤田の最高水準の絵画はⅣ辺りに集中していたと思います。

 

最初は明るい光を描く画家だった

「Ⅰ 原風景ー家族と風景」の章は画家・藤田嗣治がまだ"タマゴ"の時代。「ああ、いわゆる洋画っぽい絵を描いていたんだなあ」という印象です。

解説によれば東京美術学校西洋学科主任だった黒田清輝(せいき)の指導のもと、明るい外の光を描く画風だったとか(外光派)。この時点では絵を見る限り、のちの「乳白色の下地」の兆候はまだ見られません。「4.朝鮮風景」など印象派みたいな明るい色彩です。

ただ「3.婦人像」は女性の白い着物が美しく目を引きます。影に青みがかった紫を用いているらしく、これも黒田の影響だそう。

黒田清輝はこの「湖畔」という絵がよく知られている明治期の洋画家です。 

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分かりやすいくらい欧州画家の影響受けてるパリ時代

第2章は「Ⅱ はじまりのパリー第一次大戦をはさんで」。 のっけから、ピカソの絵そのまんまのキュビズム画が登場します。こういうのを見ると思いますよね、誰もが最初から天才ではない、自分がリスペクトする先人の真似から始まるんだと。どんな天才でもそれまでの天才から養分をもらって自分の才能を開花させていく。「巨人の肩の上に乗る」というやつです。

「9.雪のパリの町並み」や「11.パリ風景」など雪の景色の寂寥感がユトリロを彷彿させました。

解説によれば、これらの絵に描かれるパリの曇天の空や雪景色がのちの藤田独自のスタイルである「乳白色の下地」につながっていったそうです。なるほど…。

「14.鶴」という絵は小品ながら面白い絵。背景が平板で立体感がなく日本画のよう。この頃、藤田は日本美術も積極的に研究していたらしいです。

また「21.アネモネ」は白い下地に細い墨の線で描かれた絵。その線の細さが、この絵画に西洋のある種”ギトギト”した油彩(表現悪いですが)とは違った味わいをもたらしています。

「18.二人の女」「19.花を持つ少女」などの身体を縦に引き延ばす表現やメランコリックな表情にモディリアーニの影響が見られるといいます。これは説明される前から「ああ、モディリアーニっぽいな…」と明らかに感じ取れました。

モディリアーニはやたら細長い身体の人物表現で有名なイタリア人の画家です。でも人物の表情に憂いに惹かれるのか自分は昔から好きでした。

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この辺りの絵を見ていると藤田は全方向に絵画の様々な要素を吸収して自分の画風を作り上げていったんだなあ、ということがよく分かります。というかそういう風に感じさせるようキュレーターが作品群を構成した、ということでしょうか。いずれにせよ偉大な画家の成長記録を見ているようで興味深かったです。

 

分かりやすいくらいカトリックからも影響が

この辺りにはところどころ古い教会やカルヴェール(十字架を模した石像彫刻。キリストの受難などを象徴する)もモティーフにした絵も展示されていました。藤田は西洋の美術のみならず西洋の宗教にまで強い関心を寄せていたことが分かります。藤田の鋭敏な感受性、人間の精神(宗教など)に対する強靭な吸収力はほんとすごい。

 

自画像はプロモーション?

第3章は「Ⅲ 1920年代の自画像と肖像ー「時代」をまとうひとの姿」では藤田の自画像、そして藤田が依頼された描いた肖像画が取り上げられます。

「29. 自画像」はおかっぱ頭、丸眼鏡、ちょび髭といういわゆる”藤田スタイル”の本人が、彼の特徴であった面相筆(細い筆)で、脇に硯も置いて絵を描こうとしているさまをとらえています。奥の壁には自分の作品として飾られているであろう女性の画も架かっている。自分の分かりやすいキャラ設定と自分の仕事の内容を全て絵の中に盛り込んでいるあたり、セルフプロモーションのポスターに見えました。日本から遠く離れた地で自分を売り出す努力だったんでしょうか。

「30.座る女」は白と黒のモノトーンで統一された女性画。静かな意思を感じる表情とともになぜか惹かれる絵でした。

この1920年代、藤田のもとにはセレブから肖像画の注文がどんどん舞い込んでいたとか。日本人の海外進出なんてまだまだ珍しかった時代にそれだけの成功を収めるなんてほんと凄い。ワールドワイドな日本人のパイオニア中のパイオニアですね。

 

最高な絵が並ぶ「乳白色の裸婦」の時代

「Ⅳ 「乳白色の裸婦」 の時代」。この章が素人目に見てもいちばんの傑作が並んでいたと思います。もし急いで展覧会を見ないといけない方はこのパートに時間とエネルギーを注ぐのが吉です。

「37.横たわる裸婦」。本当に良い画。遠目に見ると背景の黒と前面の白い裸婦のコントラストが美しい。近づいてみると今度は裸婦の肌の”きめの細かさ”が際立ちます。

解説によると藤田は…

女性の透明感ある肌をマティエール(絵肌)によって表現すること、また絵肌そのものの美しさが魅力となりえる作品を創造することを目指していた

そうです。

確かに藤田の絵を見ていると、白がただの白ではない、深みも質感もある白なんですね。”乳白色の下地”の画家と言われる理由も納得です。

「41.五人の裸婦」は画面に5人の女性がW字型に配置されています。その配置の妙というか、リズムが面白い。

全然ジャンル違いですが、尾形光琳の「燕子花図屏風」を思い起こさせます。あの絵も燕子花(かきつばた)の配置のリズムで見せる絵ですよね。

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「42.舞踏会の前」は画面に現れたドラマが最高。仮面舞踏会の前の出番を待つ女性たちを描いているんですが、中央の女性(モデルはユキ)は虚を見つめるように無表情、その右の女性はハッとした眼で画面の中心を見つめる、ユキの左手の女性はカメラ目線…など絵からいくつもの感情が流れ出してきます。一人ひとりの人物を繊細仔細に描きつつ、画面全体の物語も表現する。超一級の画家の仕事はすごいです。

 

見てるこっちが衝撃なくらいの変遷

「Ⅴ.1930年代・旅する画家ー北米・中南米・アジア」になると、それまでの白を中心とするどちらかと言うと”少ない色遣いの世界”から、「なんじゃこりゃ!」というくらい”大胆な配色の世界”へ変化します。この変遷には心底驚いた…。

ここからの絵もレポートしたかったんですが、上述したように時間切れ。駆け足で見ることになってしまいました。

後半には戦争画も登場し、「いったい藤田の絵の引き出しってどんだけあるのよ…」と嘆息してしまいます。ほんと面白いです。もっとじっくり見たかった。

 

最後に

世界で成功した日本人の先駆者、日本画と西洋画の融合、驚くべき画風の変遷など知れば知るほど面白い藤田嗣治ワールド。機会があればぜひ味わってみてください!