歴史探偵

趣味の歴史、地理ネタを中心にカルチャー全般、グルメについて書いています。

ドラマ「隣の家族は青く見える」・#5の感想

見過ごされがちな”奇跡”が二つ。

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回を重ねるごとに尻上がりに面白いこのドラマ。

 

今週、まずグッと来たのは、亮司(平山浩行)ちひろ(高橋メアリージュン)のシーン。ちひろは、亮司の息子が引っ越してこの家に来るまでに、自分から出ていくのを決めている。

亮司:引っ越しにかかった費用、ちゃんと請求してくれよ。

ちひろ:そんなことしかいうことないの。私たちの関係って一体、なんだったんだろうね。

亮司さんの”オトコゴゴロ”を分かってあげてください、ちひろさん。亮司さんは、何か言葉を発するとすれば、”そんなこと”しかいうことができないんです

 

亮司はそれ以外のことを口にしようとすると「息子と一緒に暮らしたい、でもちひろとも離れたくない」と、ボロボロ本音がこぼれ落ちてしまう。そしてその本音がちひろを苦しめてしまうと、亮司は”思い込んで”しまっている。だからそんな本音は言いたくても言えない…。

 

かと言って、出て行くちひろに何も声をかけないわけにいかないから、引っ越しの費用などというどうでもいいことを口走る。「ちひろを愛しているがゆえに”ちひろと一緒にいたい”と言えない」という前回までの構図の反復だ。そういう亮司に苛立つちひろの気持ちが「そんなことしかいうことないの」というセリフに見事に結晶している。

 

そのちひろの気持ちは、奈々(深田恭子)朔(北村匠海)が、コーポラティブハウスの中庭で受け止める。亮司に自分を引き止めるための時間を与えるため引っ越しを遅らせたのに、その甲斐がない、と嘆くちひろに、朔が言う。

朔:男にそんなこと期待しちゃダメだって。男なんかプライドの高い小心者ばっかりなんだから。リスクのあること自分からするわけないでしょ。より戻したいなら、女から言わなきゃ

朔が男の本性を本当にこのように思っているかは定かではない。ひょっとすると、亮司のちひろに対する優しさ(ゆえの本音の言えなさ)まで鑑みたうえで、あえて、ちひろから亮司へのアプローチを促しているのかもしれない。ゲイの人は”人の気持ち”に対するアンテナの感度が鋭い。

 

そんなことはめんどくさい、とぼやくちひろに、

朔:面倒くさいのが恋愛だからね〜。

 

朔:違う環境で育った人間同士が心を通わせるなんて、そもそも無理なことしてるんだから。恋愛関係が続くこと自体、奇跡なんだよ。

日々過ごす中で忘れられがちな奇跡一つ目恋愛が続くこと自体が奇跡。せっかくそういう”奇跡の関係”を築いてきたんだから、本当にその奇跡を終わりにしていいのか?朔の言葉はそんなふうに、ちひろの胸に響いた(はず)。 

 

そしていたわり合う夫婦のかがみ、奈々と大器(松山ケンイチ)。二人の家で小宮山家の娘は遊び疲れて眠ってしまう。大器の子ども扱いの巧さに関心した奈々が大器に言う。

奈々:子どもができたら絶対いいパパになるね

黙って目をそらす大器。子どもがなかなかできない事実が大器の胸をチクリと刺す。その大器の痛みに気づいた奈々が急いで言葉を継ぐ。

奈々:あ…こういうの禁句かな…。

大器:禁句じゃないよ。奈々だって絶対いいママになるよ。

黙ってしまったことで、逆に奈々を心苦しくさせてしまったと感じた大器。やんわり奈々の言うことを否定し、奈々に同じ言葉を返す。不妊治療という厳しい現実に向き合う二人が、お互いに気遣いできる関係であることにホッとする

 

奈々が琴音(伊藤沙莉)の出産に立ち会う事態になってからの一連のシーンも見事だった。

 

琴音の帝王切開手術のさなかに奈々からのLINEメッセージに気づく大器。メッセージには、今回も赤ちゃんができなかったことが記されている。自分の妹の出産に立ち会っている妻・奈々が今回も妊娠の望みが絶たれた辛い状態であることを理解する。

 

大器からの連絡で、病院に駆けつける琴音の家族。手術は無事成功し、医師が赤ちゃんの誕生を家族に告げる。その間、カメラは時折、静かに大器の表情をとらえていた。妻は今回も妊娠できず苦しい心持ちであったはずなのに、妹の出産に立ち会ってくれて、妻自身いちばん望んでいる赤ちゃんが、身近な人に誕生する瞬間をしっかり見守った。

奈々は琴音の母(義母)に言う。

奈々:赤ちゃんの誕生に立ち会えて本当に良かったです。

そのときの妻を見つめる大器の顔は、自分自身が辛い状況にあっても、人を支え、人の喜びをちゃんと祝福できる妻を100%のリスペクトで見つめる顔だ。

 

出産後、琴音のベットの傍で、心の真実そのままに奈々が語る。

奈々:赤ちゃんの誕生って本当に奇跡だなって。

 

奈々:お腹の中に赤ちゃんが宿ることも、この世界に赤ちゃんが誕生することも。すくすく成長することも、ほんとは一つ一つが奇跡だなあって。

この回で二つめの奇跡が提示される。不妊治療をしている女性が、他者の出産に立ち会うというのは見方によっては過酷なシチュエーションだ。しかしそのシチュエーションは奈々にとっては幸福の瞬間だった(多少、心の痛みはあったにかもしれないが)。ドラマの作者は"他者の幸福を自分の幸福としてきちんと受け止められる奈々の人格"を通して、「ほんとうは誰にとってもこの世に誕生し、生きていること自体が奇跡なのだ」というテーゼを高らかに響かせてみせる。奈々の清々しい人格は、このドラマの一つの達成だ

 

ふつうに語られたのでは、心がピクリとも動かない、この種のメッセージ。真実ではあるが伝えるのが難しい類のメッセージを、真っ直ぐに伝えられるドラマこそ優れた作品なんだと思う。

 

最後の場面では、再び亮司とちひろが登場。ちひろは、手を引いて車に連れて行こうとする亮司に抵抗して動かない。言葉ではない意思表示をするちひろに対して、やはり言葉では応えず、抱きしめにいく亮司。二人のコミュニケーションの方法が”言葉から行動”に移った瞬間だった。「男女の関係は言葉で全てが終始するものではない」という真実を描いて、これまた優れたドラマの醍醐味なのだった。

 

※以前にもこのドラマについて書いているので、よろしければご覧ください。

candyken.hatenablog.com