歴史探偵

趣味の歴史、地理ネタを中心にカルチャー全般、グルメについて書いています。

獣になれない私たち第1話・感想

淀みのない展開、魅力的なシーンの連続。

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心待ちにしていた野木さんの新作

自分にとっては、「重版出来」でその存在を知り、「逃げ恥」で見事にハマり、「アンナチュラル 」でトドメを刺されてしまった脚本家・野木亜紀子さん。その野木さんの待望の連ドラ新作「獣になれない私たち」。野木さんのツイッターを見ながら、始まるのを心待ちにしていました。

さてその第1話、どうだったか?

手堅く面白かった。”引っかかり”というか、ヘンな違和感を感じるところが全然なかったです(作者が伏線を忍ばせている、という作劇上の違和感は別として)。最初から最後まで喉ごし良く視聴が進んでいきました。

たいていどんなドラマでも第1話って、流れがつっかえるというか、「なんかドラマに入り切らないな…」というモヤモヤした感じを抱くことが多いんですが(朝ドラなんかはほぼそうなる)、このドラマに関してはほとんどなかったですね。

とにかく気持ちよくドラマの世界に入っていくことが出来ました。

 

冒頭の秀逸な会話

連続ドラマの第1話の冒頭。ツカミの中のツカミ。ここで視聴者を離してなるものか、と脚本家が一番気合いを入れそうなシーンです。

今回はバーの中での、京谷(田中圭)と晶(新垣結衣)の会話からでした。京谷が何か説明していますが、晶はあまり聞いてない様子。それよりも店内の別の男女が気になっています。特に女性のファッションに目がいっている。

ブーツカッコいい…

実はこの冒頭のセリフ。第1話の最後、晶が大変身するときに、回収される伏線でした。

さて、カメラはそのもう一組の男女中心に切り替わります。

恒星(松田龍平): 結婚?

いきなり”結婚”などという、人生最大のイベント名を驚きの音で言わせる。このややテンション高めの、男の発言に、「お、ここがほんとのツカミかな?」と感じました。

会話が続きます。

恒星:誰が?

呉羽(菊池凛子):あたしが?

恒星:はあ?

呉羽:これ。ひゃくまんえ〜ん!

恒星:付き合ってた男の子いたわけだ。

呉羽:付き合ってない。交際ゼロ日(にち)

恒星:ゼロ日?

呉羽:鐘鳴ったよね、久々に。頭の中?リン、ドーン…

いきなりちょっとぶっ飛んでいる女性・呉羽が登場。指輪が「ひゃくまんえ〜ん!」と言って見るとか、交際ゼロ日で結婚するとか、こんな突飛なセリフや態度を下手な女優が演じたら目も当てられないと思いますが、そこはさすが国際派女優・菊地凛子。全然不自然じゃなかった。「こんな人いるかも…しかもけっこう魅力的…」と思わせてくれました。

根元:鳴らすなよ。結婚だよ、契約。

呉羽:いいでしょう。

根元:一日も付き合ってない男と結婚てバカだろ。

2人についての具体的な情報は何も提示されていないのに、会話の妙だけでドラマに引き込まれていきます。

結婚話に驚く男。交際ゼロ日で、結婚しようとすると女。その話を聞いて動揺し、余裕ある風体なのに、余裕がなくなっていく男。

視聴者の感情のツボを正確に、テンポ良く押していき、この男女のことをもっと知りたい、先の展開を知りたい、と我々に思わせるやりとりです。上手いなあ、と思います。

つまらないドラマでよくあるのは、前半部分の会話で、2人の説明ばかりして、まったくこちらの感情が動かないこと。

このシーンはそんな説明を全て廃し、ひたすらこちらの心をドライブすることに特化してました。視聴者は説明なんて聞きたくないんですよね。それよりも心を動かしてほしいと思っている。

もし、説明が聞きたいとすれば、それは先に「謎や驚き」が提示されていて→その謎の解明を知りたいか、説明を欲する。…という順番なはず。この冒頭のシーンはその謎と驚きにきちんとフォーカスされてました。ドラマの始まりとして見事だったと思います。

 

カット割が示唆する伏線

バーの場面から晶のマンションの部屋に。

京谷が机の上にある書類を見つける。その時の京谷の顔は机の上の小さな丸鏡に映ります。なんかわざとらしい撮り方な気がして、「なぜ、こんな不自然なカットを…?」と違和感を覚えたら、その書類は晶の「マンションの更新のお知らせ」でした。

晶:引っ越そうか、どうしようか?

晶が京谷に問いかけます。

黙る京谷。二人に流れる不穏な空気。最初の不自然なカット割は、視聴者の心に引っかかりを作り、のちの不穏な空気の予兆になるべく仕掛けられたものだったのかも、と思った。

しかし、その張り詰めた空気は、張り詰めた空気を呼び起こす質問をした晶自身によって、入浴剤の”大げさな発見”で、かき消されてしまいます。ここでも2人の仲が必ずしも順調でない、ということが、説明らしい説明もなく視聴者に感じさせている。

冒頭のシーンに続いて、この辺りも巧みでした。

 

ひと言に集約された番組テーマ

終盤、今回、最も深い印象を残したやりとりがありました。

晶:私はビール3杯じゃ酔わないし、店から徒歩3分の間にたぶらかされるほど馬鹿でもありません。

恒星:馬鹿じゃないの?

晶:馬鹿じゃないですよ!

恒星:馬鹿になれたらラクなのにね。じゃおやすみ。

これは、晶が取引先からのセクハラまがいの電話、そして社長からの仕事の催促に"プツン"と心の糸が切れ、バーで立て続けにビール3杯飲んだ後のセリフ。

馬鹿じゃないの?

と恒星に聞かれ、プツンとする前だったら、「馬鹿かもしれませんね」などと、自分の本音をしまっていたかもしれない晶が、ここではピシャリと「馬鹿ではない」と否定してみせる。

それに対して恒星が言った

馬鹿になれたラクなのにね

というセリフに 、この連続ドラマのテーマが背負わされてるようで、ズシッと響きました。

ドラマのタイトルにある「獣」はふつう、本能だけで生きていて、人間よりも知性は劣ると考えられていますが、その知性(=考えすぎてしまう、本音を偽ってしまう)が働いてしまうがゆえに、逆に人間は苦しんでしまうこともある。そういうのがこのドラマのテーマなのかな…とぼんやり考えていたので「この馬鹿になれたらラクなのにね」は獣を馬鹿に置き換えたらそのままタイトルじゃん!と思ってハッとしたのでした。

 

言葉遊びの妙

あと細かいですが、セリフの、言葉の”あや”で遊んでるところなども魅力です。

恒星と呉羽のやりとりで

恒星:ほんとに結婚してるよ。

呉羽:(ヤキモチ)やける?

恒星:ウケる。

 の部分の、やける→ウケるの韻を踏んでいるところとか

社長(山内圭哉):アワワ、アワワ、ってサトウキビ畑なってもうて、聞いてるこっちがザワワ、ザワワや

の上手く言ってやった!的なオヤジ風ダジャレところなど。

作者がクスクス笑いながら書いているようで、こちらも楽しい。仕掛けられたこういう小さな笑いを見つけるのも野木さんのドラマの魅力だと思います。

 

最後に

晶と恒星の行く末、また京谷は元彼女(黒木華)との関係を清算するのか、会社で晶はどうなっていくのか、など今後の展開が気になるストーリーの線がきれいに提出された第1回。構造的な伏線を張りつつ、場面それぞれはとても魅力的。しばらく水曜の夜が楽しみになりそうです。