歴史探偵

趣味の歴史、地理ネタを書きまくろうと思っていたら、仕事柄どうしてもTVの記事が多くなる今日この頃…

「魔女の宅急便」と河合隼雄

魔女の宅急便」はオトナになってから見た方が面白いかも。

f:id:candyken:20180107005443p:plain

魔女の宅急便を20年?くらいぶりに鑑賞しなおした。

5日に放送していた金曜ロードShowをたまたま見つけて。

 

自分はジブリ作品の中では風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタが好きで、何度か見返している。どちらも躍動感あふれるアクションシーンが多くて、テーマも「行き過ぎた文明に警鐘を鳴らす」的なところがあって分かりやすく(すいません、もっと深淵なテーマがあるのかもしれないが、とりあえずそんなメッセージ込められてますよね)何も考えず見るたび楽しんでいた。

 

一方、魔女の宅急便。10代のころに見て以来、ほとんど見返していなかった。当時見た後で、キキの心の揺れに「何かついていけない…」というモヤモヤした気持ちを持ったことは唯一覚えていた。

そのモヤモヤが嫌で、アニメを見た後はもっとスカッとしたい!といった感じで、また見ようとは思わなかった気がする。

ただ、ストーリーの後半で、キキが飼い猫のジジの言葉が分からなくなる場面だけは覚えていて、幼いなりに「子どものころの純粋な気持ちを失うと、動物の言葉が分からなくなるのかしら」なんて、安易な解釈を貼り付けて事を済ませていた。

 

それが今回、改めてちゃんと見返してみて「これは傑作だわ…」と思わざるを得なかった。「そんなの当たり前だろ。なにを今さら…」という声がどこからか聞こえてきそうではあるが。

 

今回、「あ〜キキの気持ち分かるわ〜」と思ってしまった場面。

 例えば初めて出来た男友達のトンボと仲良く遊んでいたのに、トンボの女友達が現れた瞬間、機嫌を損ねて帰ってしまい、電話にも出ようとしないキキ。嫉妬やコンプレックスにとらわれてしまい、素直に笑えなくもなっている。

 

また以前は空を自在にかけめぐること、それ自体が楽しくて、ホウキで飛んでいたのに、この街では仕事として飛ばなくてはいけないところとか。キキにとっては空を飛ぶことが、目的ではなくて手段になってしまった。

 

このような身近な人間にも嫉妬を感じたりだとか、好きな事を仕事にしてしまうと逃げ場がなくて大変だとか、オトナだったら誰でも感じたことのある、しんどさだ。そして一旦そういうマイナスな感情にとらわれ始めると、自分の心に自然に湧き上がる感情に従って自由に振舞うことは難しくなる。これらの事はもう十分すぎるほどオトナになった今の自分にはとてもクリアに理解できる。そりゃあキキだってホウキで空を飛べなくなりますよ、と。

 

そんな"自分の心に自分で縄をかけちまった状態"のキキに、あの森に住む画家の少女がかける言葉…。これがまた名言なのだ。

 

「 そういう(うまくいかない)時はジタバタするしかないよ。描いて、描いて、描きまくる 」

「描くのをやめる。散歩をしたり、景色を見たり、昼寝をしたり、何もしない。そのうち急に描きたくなるんだよ  」

 

絵を描くことが何よりも好きな少女。ホウキで飛べなくなったキキに、絵が描けなくなった時に自分がとった行動を元にアドバイスする。

上記の二つは矛盾している言葉のようだけど、何かに打ち込んでいる人間がスランプに陥ったとき、とるべき態度を具体的に示している。

 

スランプは誰にだってある。でもスランプに陥った時、どんな手段を使っても、ちょっとくらい休んだとしても続けることが大事。そうして”続けることを続けて”スランプを脱出するしか道はない、と伝えてくれているように感じる。

 

また今回、作品の中で最も響いたのセリフというのがあって、それは画家の少女の

「(絵を描くことが苦しいのは)今も同じ」

だった。そしてこの言葉を聞いた瞬間、今は亡き心理学者・河合隼雄さんの「くるたのしい」という言葉を思い出した。

 

言葉が置かれた具体的な文脈は忘れてしまったけれど、どんなに楽しいことにだって、くるしみはつきもので、”本物の楽しさ”は苦しさに裏打ちされている…というような内容だったと思う。 

 

自分の才能を活かせるどんな仕事についたとしても、苦しみはつきものだし、それで当たり前…。少女はそう言っている。でも逆に言うと、少女のメッセージには明るい希望の響きもある。苦しさがつきまとうということは、味わうべき本物の楽しさをやがて獲得できるという事だから。

(でも事はそんな単純なものじゃないか…。毎日苦しいだけの苦しさしかない仕事をしてる人もたくさんいるなあ。要は”意味のある苦しさ”を体験できる仕事を選べということか)

 

いつか見たNHKのドキュメンタリーでも苦しみながら新しい作品を生み出そうとする宮崎駿さんを追っていたが、考えてみれば宮崎さん自身が「くるたのしい」の天才なのだろう。

 

古くから読み継がれている本の古典って、こちらの成長の度合いに応じていろんなメッセージを伝えてくれるというけれど、自分にとっては魔女の宅急便がまさにそれ。アニメの顔をした堂々たる古典だった。