歴史学者の磯田道史(みちふみ)さんて、キャッチコピーを作るのがほんと上手い。
正月に放送していたNHK・BSP
「英雄たちの選択 新春スペシャル 幕末ヒーロー列伝 これが薩摩班の底力だ!」
を見ていてそう実感した。
例えば、幕末随一の開明的な藩主として知られ、西郷隆盛も心酔していた島津斉彬が採用した富国強兵策のことは「小さな試験菅の中の産業革命」と表現していた。
この表現からは薩摩という一つの藩の中(=小さな試験管の中)だけどイギリスの産業革命に匹敵するくらいの、全方位的な変革を遂げた、というイメージがビビッドに伝わってくる。
実際、斉彬の施策は蒸気船の築造、反射炉の建設から、薩摩切子による産業の創出とあらゆる分野のイノベーションに及んでいるわけだから、産業革命とは言い得て妙だ。
幕末においても、戦国時代の気風そのままに、武を尊ぶ精神が色濃く残る薩摩藩については「戦国フリーズドライ」というコピーをつけていた。戦国時代から時が止まったように、古い習俗が受け継がれている薩摩の特殊性が伝わってくる。
また、斉彬が欧米の優れた科学技術、政治制度などを学びに行かせる薩摩の若き語学の天才たちには 「学者の子スポンジ」という言葉を贈っている。スポンジという表現からは、乾いたスポンジが水を吸い込むように、先進的な文物を吸収し、薩摩に帰ってからは、藩のためにそれらを余すことなく吐き出すという彼らの使命がよくわかる。
もちろん磯田さんは実証を重んじる一流の歴史学者でもある。最近刊行された著書「日本史の内幕」でもこう述べている。
日本史の内幕を知りたい。そう思うなら、古文書を読むしかない。
私は十五歳で古文書の解読を始めた。
十五歳で古文書の解読って、こんな生徒がいたら学校の歴史の先生が困ってしまいそう。これほど一次資料にきちんとあたる歴史研究者然とした人が、同時に、アウトプットの場面では、売れっ子コピーライターばりの上手いワーディングで、一般人の歴史理解に役立つ”補助線”をサッと引いてしまうのだから恐れ入る。
番組の最後では「新宿の高層ビルこそが西郷隆盛像なんじゃないか」というぶっ飛んだインスピレーションを披露していた磯田さん。そのココロは「西郷や薩摩がいなかったら、日本は一時(いっとき)でもGDP世界第2位となるような先進国とはならなかった
かもしれないし、新宿の高層ビルも建っていなかったかもしれない。その意味では上野の銅像よりも、新宿の高層ビルこそが西郷像なのかも」ということらしい。歴史の一次資料をどこまでも愛し尊重する人間が、その資料から得られる自分なりの日本史像を煮詰めに煮詰めた結果、ある種とてつもなくロマンチックな発想にジャンプしてしまうところこそ、一人の人格の中に実証主義とロマン主義を合わせ持つことのできる磯田さんの魅力なのかもしれない。