歴史探偵

趣味の歴史、地理ネタを書きまくろうと思っていたら、仕事柄どうしてもTVの記事が多くなる今日この頃…

本「逃げられない世代 日本型「先送り」システムの限界」感想

"中立的、総合的に"日本の置かれた現状を知る。

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なぜこの本を買ったのか?

元経産相官僚の宇佐美典也さんによる「どうして日本はどうしていろんな問題を先送りしてしまうのか」について書かれた本。

宇佐美さんについては氏のTwitterを以前から読ませてもらっていました。特定の団体や凝り固まった思想からモノを言っている、という印象がなく、非常にバランスのとれた考え方をするような方に思えたので、その宇佐美さんが日本のアクチュアルな問題について本を出される、ということで、買ってみることにした。

もう一つの購入動機。それは自分自身の人生を考えてのことです。今の自分は40代で幸いなことにそれなりに大きな企業に勤めていて、目下の収入が突然消えてるなくなる、なんていう可能性は低い。が、やはり将来、自分が年金世代になったときの収入額や子ども世代の環境がどうなっているかについて人並みに漠とした不安は抱えています。この本がその不安を軽減するか、もしくは対処できるようその不安を"見える化"してくれているのでは、という期待がありました。のちに詳述しますが、この期待には一定程度応えてくれている内容でした。

以下、印象に残ったポイントと自分の感想をまとめておきます。

 

元官僚だからこそ書ける事柄

自分のような一国民から見れば、省庁は一派一絡(いっぱひとから)げに一つの行政機構と見えがち。しかし経済産業省というのは特殊な官庁らしく「霞が関内野党」「喧嘩官庁」と言われ、他省庁の所管分野や私企業の経営にまでは踏み込んで改革を迫ったりする。特に現在の安倍政権は陰では「経産省内閣」と呼ばれており、経産省出身の安倍さん周辺の官僚たちが、財務省の所管である法人税の引き下げを画策したり、厚生労働省の所管である長期労働の是正を目指してプレミアムフライデーを広めようとしている。

→経済産業省ってそういう省庁だったんですね。全然知らなかった。あとで出てきますが、経産省のそういう性格は、もともとの設立の経緯にその原因がありそう。こういう省庁それぞれの個性は元官僚の方が言うとリアリティがある。

 

先送りは日本の"システム"の問題

日本ではなぜ問題が先送りされてしまうのか。

著者ははっきりと日本の政治・行政の構造の問題だと言い切っている。

具体的には、政治については衆議院の任期が短い(平成に入ってから平均3年程度)ため、政治家は選挙での当選に直結する目先の課題ばかり取り上げざるを得ない。参議院も政策ベースの議論を期待されてはいるが、衆議院と第一党と異なると「ねじれ現象」が生じるなど、衆議院を補完する組織になっていない。

また行政についても官僚は内部昇進を前提とした年功序列型の長期雇用制度を取っており、1〜3年くらいでどんどん異動していく。政治家の目先の課題への要請から、官僚も対症療法的な政策立案に終始し、結果、長期的な視点が必要な課題は誰も長期的にコミットできずどんどん先送りされてしまう。

野党はと言えば、日本の場合、法律案・予算案の策定は与党・官僚で事前に固めてしまうので、実質的に野党の意見は反映されない。ゆえに真っ当な政策論争ではなく、政府のスキャンダルを声高に主張するなど刹那的な政権批判をした方が次期選挙での票につながることになる。

→問題の先送りが日本の政治・行政の構造に原因があるならば、そこを改善できればいいのに…と思います。しかし、著者も書いていますが、それこそもっとも長期的視野を必要する政策なので上手くいかない。制度を作るためのメタ制度を作るのは国家マネジメントの根幹中の根幹だと思いますが、こういう大きなマネジメントに属することは本当に日本は下手だし。だとすれば幕末や敗戦時のように強烈な外圧がないと日本は変わらないのかも。

あと、このように政治・行政の仕組みを説明してもらうと、いわゆる「モリカケ問題」で野党がしつこく政権批判を続ける理由も分かる気がします。ある種、それが合理的な選択だからやっている、それ以外に政治にコミットしても実質的な効果が得られない側面があるということ。こう考えると日々の政局報道が違って見えてきます。

 

思考をスッキリさせてくれる視点の提供

政府が我々に提供するサービスはあまりに広範囲でひとづかみにイメージ出来ない。しかし著者によれば次の2つを考えればいいとのこと。

  • 社会保障制度…国内で福祉サービスへのアクセスや最低限の生活水準を私たちに保障してくれるもの
  • 安全保障制度…対外的な脅威から国民を守ってくらるもの

国自らが多額の予算を使うのもサービスも広い意味ではどちらかに位置づけられる。

また社会保障制度の内容・レベルは①国内の人口構成 に左右され、安全保障制度は②世界での日本のポジション に左右される。ゆえにいつまで問題を先送りできるかについても、①②を念頭に置けば把握しやすい。

この本の中でも様々な問題はこの大きな二つ区分の下で論じられており、頭の中で整理しやすくなっています。あと、先送りというとつい社会保障制度にばかり目が行きがちですが、中国の強大化や朝鮮半島の非核化をめぐる北朝鮮の駆け引きなど、目まぐるしく国際情勢が変化する中、安全保障にも応分の関心を払っていかないと思う。

 

いつまで問題を先送りできる?

社会保障について。団塊世代は自分の面倒(社会保障等の負担)を子供世代に当たる団塊ジュニアの世代にてもらうことができた。しかし団塊ジュニア世代は少子化で子どもも少ないので、自分たちの面倒をみてくれる世代がいない。

ゆえに…

団塊ジュニア世代が高齢者になる2036〜2040年には内政面で日本の先送り型政治システムの限界が来るものと思われます。

だそうです。

また安全保障面においても2030年代半ばごろ、インド、インドネシア等新興国の台頭によって日本の経済力はその存在感が薄くなるほどに低下し、苦難な時代を迎えるだろう、というのが著者の見立てです。

つまり内政面でも外交面でも2030年代半ばごろ、ついに問題を先送りできなくなる局面を迎えることになる。

 

逃げられない世代とは?

ズバリ現在20代〜30代の世代(1979〜1998年生まれ)。この世代の人は団塊ジュニア世代の老後を支えつつ、問題を先送りしない社会保障・安全保障のあり方を生み出す必要がある、と。

 

 

歴史意識がもたらす説得力

本書の中では、現在の問題を考えるにあたって時折、日本の近代史に触れられています。

例えば現在も経済産業省の系譜。ごく大まかに遡ると…

  • 「経済産業省」←戦後「通産省」←1943年「軍需省」+「大東亜省」←1937年「企画院」←「内閣調査局」+「内閣資源局」

となる。「内閣調査局」はソ連やナチスをモデルにした国家主義的経済体制を目指す革新官僚が誕生させた。「内閣資源局」は戦争遂行のため国内のあらゆる資源を管理することを目的に陸軍の統制派と呼ばれる中堅幹部が誕生させた。

→このように現在の経産省を歴史的に遡ってもらうのはとても興味深かったです。経産省が「つい国家をコントロールしがち」というのはその遺伝子に刷り込まれた行動様式のような気がしてきます。

太平洋戦争が起こった理由についても言及。戦前、アメリカ等先進国がブロック経済圏戦略を敷いたため、日本も対抗上、自らのブロック経済圏を構築せざるを得ず、それでやむなく戦争という手段を取ってしまった、と。日本は内需国で貿易に依存していないと見る向きもあるが、それは歴史的経緯を無視した認識。

→著者が元経産省ということがあるのでしょうが、戦前・戦中の経緯を踏まえ、資源が少ない日本でいかに自由貿易(自由な通商、通行も)が大切か、ということが説かれています。歴史を振りかえる意味がよくわかりますし、安全保障を憲法論議だけを念頭に考えてはいけないとも感じる。この著者の歴史意識がこの本の優れたところの一つだと思います。

 

処方箋の提示…「個人版」と「社会版」

日本はこの先、厳しい未来がある。しかし個人の寿命は伸びている。厳しい社会状況の中でも個人は生きていく必要がある。

著者の表現を引用すると、サラリーマンは…

だいたい87~90歳まで生きることを前提に、20歳代前半から60歳までは会社の主戦力として、その後65歳までは会社の補助的戦力として、その後70歳までは一定の収入を得るために自活し、その後70歳を超えてようやく年金収入を中心に90歳までの余生を20年間過ごす 

ことを目指すことになる、と。「教育→労働→引退」という人生のステップに「教育→労働→自活→引退」と”自活”のステージを設けて、それによって年金の不足を補うことが必要。その”自活”ステージで自分が何が提供できるか、キャリア形成を考える必要がある。具体的には「スキル」「仲間」「ブランド」の3要素が必要。

社会のマクロな状況を扱うこの手の本には珍しいキャリア論。この部分は官僚を辞して自ら苦労して自活・自立していった著者の経験談がたいへん説得力があります。

政治・行政はこの日本の将来にどう備えるべきか。ここについては社会保障については消費税増税、年金積立基金の賢明な運用(株価高が前提)等で対処、安全保障については集団安全保障・集団的自衛権をうまく使って対処、アメリカ一国に世界秩序維持の過剰な負担をかけ続けてもいけないとある。

→これらに関しては最終的には日本の政治・行政の硬直的な構造が問題解決を先送りしているので、その構造を打破するような施策を読んでみたかったが、残念ながらそこまでの言及はなかったです(著者も問題の所在を明らかにするだけで精一杯だった、と書いている)。でも実際にそういうアイデアを提示するのは難しいでしょうね。簡単に提示できる程度のアイデアならもう実行できてるだろうし。そのくらい日本は現状維持が好きな国。

自分は相当の危機が目に見えて明らかになったときようやくその構造が崩れるんじゃないかと思います。その危機のエネルギーが足りないと、ずるずると”茹でガエル”のように日本の衰退は続くと思う。 

  

最後に

日本が抱える諸問題がよく整理され、新書でコンパクトというにもあって、現状を把握するにはとてもいい本です。ここには詳しく書きませんでしたが、株高が年金を支えるうえでいかに大切かなど意外と知られていないポイントなども盛り込まれています。日本の政治・経済の行く末に関心ある人にとっては、テレビ・新聞の報道を俯瞰して眺める視点を提供してくれると思います。

 

※日本の政治、特に安全保障の分野の議論が混沌とするのは、その日本の”知性”のあり方にもその原因があるのかも。

www.rekishitantei.com

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