歴史探偵

趣味の歴史、地理ネタを中心にカルチャー全般、グルメについて書いています。

早春・渡月橋から至近距離 プチ歴史散歩

渡月橋でバスを待っている間に行けるスポット。

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3月24日嵐山。桜の盛りには少し早い

2018年3月24日、京都嵐山・渡月橋を訪れてみました。

今年は嵐山の桜の盛りにはまだ1週間程度早いもよう。渡月橋の下を流れる桂川。その川沿いの桜もついさっき目が覚めた、といった感じの表情です。

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それでもこの日の渡月橋にはかなりの人出。満開が予想される3月31日、4月1日の週末はいったいどれほどの混雑になるのでしょう…。

 

冬 京都の川の大掃除の季節

渡月橋からすぐ下流の川の中には重機が入っていって何やら作業しています。

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(おそらく)川底の浚渫です。

川は時折、川底の砂をさらって水深を一定に保たないと、大雨のとき水があふれて洪水が起きやすくなってしまいます。観光地に重機とは”無粋”にも思いますが、防災のために必要な作業。

京都では、川の水量の少なくなる冬にこのような作業が行われることが多いです。

 

渡月橋に来たらここも見てみよう!

さて折に触れテレビなどで紹介され、京都を代表する観光スポットの渡月橋ですが、そのごくごく近くにいくつか歴史を感じられるスポット(ポイント)があります。

嵐山なのに三条?

まず、渡月橋の北詰(天龍寺側)にある「三条通」の標識。

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三条通というからには、もちろんあの京都市街の三条通とひと続きの道。この道を辿って行くと確かに市街のいわゆる”三条”に出ます。

でも京都市街からだいぶ離れたここ嵐山で、三条通が存在するのは不思議じゃないですか?

実はこの道、平安京が置かれる前から渡月橋のある辺りと現在の京都市街地辺りを結んでいた”古道”らしいのです。

平安京が置かれたときに、東西の通り(一条、二条、三条等)の位置を決める際、この古道も一つの基準として使われたと言うのを聞いたことがあります。この古道の延長線上を平安京の三条としたわけですね。あとから作られた平安京の”三条”という名前が、さかのぼってこの古道にも適用されたというわけ。

この渡月橋の「三条通」の標識を見るたびに、平安京以前の、京都の歴史の古層を想って楽しくなります。

桂川の”別名”に注目

続いてこちらは渡月橋がかかる桂川の看板。

別名大堰川(おおいがわ)とあります。

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大堰(おおい)とは何でしょうか。

大堰とは大きな堰(せき)の意で、川をせきとめるための施設。この大堰も平安京以前の歴史に関係があります。

5世紀後半、この辺りには秦(はた)氏という朝鮮半島から渡ってきた渡来系の氏族が根を張っていました。彼らは高い土木・治水技術を持っていて、桂川に堰を作り、水を引いて、嵐山周辺の土地を田畑に変えていきます。

今でもその名残の堰が渡月橋上流約100mのところに存在します(当時の堰が実際にどんなものだったのかは想像するしかありませんが…)。

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秦氏は、桓武天皇が平安京を造営する際もその土木技術力を提供したと言われています。そんな秦氏の"よすが"が「大堰川という川の名前」と「今でも見られる堰」から感じられるのです。

橋とは反対側の神社にも注目

渡月橋からの「至近距離歴史ポイント」。最後は、渡月橋の向かいにあるこの神社。

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自分も京都の歴史には詳しいつもりでいたが、この神社は今回初めて知りました。「え!こんなとこに神社あったっけ?」という感じ。

細い参道を歩いてゆくと、突き当たりにこじんまりとした社殿と説明書きが。

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この小さな社もやはり秦氏と関係がありました。大井神社の大井もというのも、大堰川の大堰とおそらく同じ意味だと思います。この神社自体が秦氏が確かにいた、という証拠ですね。

実は秦氏は関東にも進出していて、例えば神奈川県秦野市の秦野のいう地名も「秦氏」に由来する、という説もあります。

 

最後に

今回は渡月橋のすぐそばにある歴史スポットについて紹介してみました。

渡月橋で京都市街地や京都駅行きのバスを待つスキマ時間があれば(この日も乗車を待つお客さんで長蛇の列だった!)ちょっと訪ねてみて、京都のディープな歴史に想いを馳せてみるいいかもしれません。