歴史探偵

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「至上の印象派展 ビュールレ・コレクション」・感想

生きた美術史の教科書。”至上の”というのはあながち過言ではないかも。  

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国立新美術館で開催しているこの展覧会、”至上の印象派展”というタイトルに”ビュールレ・コレクション”という副題がついている。ふつうに考えたら、”至上の印象派”の方が、至上の作品群が見られるという意味で、人を惹きつけるネーミングのように思えるが、展覧会を見終わって感じたのは、この”ビュールレ・コレクション=ビュールレが集めた作品群"という副題の方が、この展覧会の価値を正しく伝えているということ。

 

19世紀のスイスの大実業家だったエミール=ゲオルク・ビュールレ。初めて聞いた名前だったけれど、その絵画に対する鑑識眼がピッカピカに優れていたことは、自分のような美術素人にもよく伝わってきたからだ。

 

例えば、展覧会の最初に掲げられている作品1の「男の肖像」という絵。1660年代に描かれたということで、印象派の絵が世に知られるようになる200年も前の作品だ。しかし、言われてみるととても”印象派っぽい”絵で、年代を見て「え?そんな古い時代の絵なの?」と軽い驚きを感じる。パッと見ただけでは、そんな17世紀までさかのぼるような絵に思えないのである。

 

この作品に付随している解説によれば「当時(1660年代)としては大胆かつ斬新な表現」「未完成と評価されることはあったが、印象派が活躍する19世紀後半になると、その先進性が再評価」されるようになったらしい。つまり、印象派が世に出てくるずっと以前にも、印象派のような美意識でキャンバスに向かった画家がいたということ。その画家の先進的な美意識をビュールレさんがちゃんと見抜いて、コレクションに加えていたのだ。

 

逆に印象派以後の歴史の流れについて言うと、例えばポール・セザンヌの「赤いチョッキの少年」(セザンヌの解説書にはよく出てくる有名な絵)。一見、タッチは印象派風。しかし解説によると、セザンヌはこの絵で「絵画でしかなしえない綿密な構成」を試みているらしい。「長い腕は左下へと流れていく対角線と交差し、頭部を横切る水平線とも絶妙なバランスを保つ」。つまりセザンヌは、印象派登場後、それほど時代が違わないにも関わらず、画面上の構築・構成にいちばん重点を置いてこの絵を描いている。印象派の画家たちが持っていた美意識が変遷しつつあることが、この絵を見ることでよくわかるのだ。

 

そんな風にこの絵をしげしげと眺めていると、美術史上、セザンヌが「キュビズムの祖」と言われているのことがものすごく腹に落ちるキュビズムとは、ピカソの絵で代表されるような、写実ではなく、対象を幾何学的な図形で描く主義のこと。セザンヌの、絵画における幾何学的バランスの重視をもう一歩先に進めたら、ピカソの背中が見えてくる。

 

実際、この展覧会には、ピカソブラック(この人もキュビズムの代表選手)らキュビズムの絵も数点披露されている。絵画史の流れを分かったうえ順々に絵を巡り、キュビズムの展示までたどり着くと、ああいう奇抜な表現が生まれたのも何だか絵画史の必然のように思えてきて、鑑賞体験がより深くなる

 

このように印象派を中心に、その前後の流れをクッキリ浮かび上がらせる作品群が、一人の実業家によって集められたということがやはり驚き。今まで、展覧会を見に行くにしても絵画作品を”誰が集めたか”ということにさして関心はなく、”いったいどんな作品が見られるの?”ということばかり気になっていたが、今回、収集家にもしっかり目を向けた方がいいことを教わり、蒙が啓かれた思い優れた収集家のコレクションは生きた美術史の教科書なんですね。そのことを教えてくれて、ありがとう、国立新美術館。

 

こんなことをつらつら書いてくると「この展覧会は美術史の知識がないと楽しめないのか」と思われるかもしれないが、もちろんそんなことはなく、単品単品で絵を見ても、超一級の名画が集まっているモネのヒナゲシ畑の赤の鮮烈さや、ポスターにもなっているルノワールの少女の美しさ(まつげ、目、耳の繊細な描きこまれ具合といったら!)など実物の絵画だけが持っている迫力が随所で味わえた。

 

東京では5月7日まで開催中。陽光がまぶしくなっていく季節にふさわしい展覧会だと思います。

至上の印象派展 ビュールレ・コレクション

 

現在、上野の東京国立博物館で開催中の『名作誕生』についての記事です。美術作品の背後に流れるストーリー重視の展覧会です。

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 こちらは森美術館の建築展。建築を通じて”日本的なるものは何か?”と考えさせられます。

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