歴史探偵

趣味の歴史、地理ネタを中心にカルチャー全般、グルメについて書いています。

"聴く人"より"出る人"を増やしたいラジオ

今のテレビが抱えてる"しんどさ"と真逆の魅力を持つメディア。

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コミュニティFM渋谷のラジオ 87.6MHz」の制作部長をされている西本武司さんの話を聞く機会があった。西本さんは吉本興業ほぼ日刊イトイ新聞を経てからの現職、という変わった経歴の持ち主。金髪で、どこまでも肩の力の抜けた感じでひょうひょうとしゃべる。長時間、話を聞いていてもこちらが疲れないタイプの人です。

 

さて、その西本さんが運営している「渋谷のラジオ」の番組は基本、一本55分。55分間、渋谷のあらゆる分野の人に、自分の好きな分野、専門の分野で話してもらうというのが主な内容。台本は一切なし。とにかく出演者に自由に”気持ちよく”話してもらう、というコンセプトらしい。

 

テーマは、渋谷で年中やってる工事について、とか、10時開店の書店のスタッフさんが始業前にスタジオに来て、渋谷の本屋について語っていくとか、渋谷在住の80~90歳の人が4人だけでしゃべっているとか…。このラジオではとにかく渋谷というものがどこかに絡んでいれば、何を語ってもよいみたい。

 

曲がりなりにも20年間、テレビ局で働いてきた自分のような者からすれば、「う~ん、うらやましい…」とため息をつきたくなるような、ゆるゆる感や自由感がある。「渋谷のラジオ」のやり方は今のテレビのあり方とは真逆だ。

 

テレビは原則、台本あるし、段取り重視だし、制作者が予め思い描いたイメージを、出演者を使って再現しようとするのがふつう。田舎の人情味あふれる人を描いた一見、素朴そうなオールVTRのドキュメンタリーであったとしても、実は制作者は登場人物を鋳型にはめたがっている。「この人はこう見てほしい!」という制作者の意図の押し付けがある。

 

では、そういう作為を止めて、主人公をそのまんま撮ればいいかというと、それがそうもいかない。往々にしてそういうドキュメンタリーは”何だかよくわからない、何も伝わらない”作品になってしまう。テレビを作り始めて、1~2年生のディレクターが編集室でプロデューサーにいちばん言われがちなのが「この番組、何が言いたいの?」という言葉。そう、制作者の”ねらい”が伝わらない番組はテレビ局内では忌み嫌われるのです。

 

ただテレビというのが、人物を鋳型にはめて分かりやすい人物造形しがち、というのは、一般的に言って、人(視聴者)は”他者を鋳型にはめて理解しがち”、という傾向に応えたものでもある。自分のこしらえたイメージやストーリーに沿って他者を理解したがるのは人の常なのだ。テレビの(特にNHKの)ドキュメンタリーが予定調和で、角の取れた丸いものになりがちなのは、テレビ制作者と視聴者の共犯関係がもたらすものなのだと思う。

 

渋谷のラジオ」はこのテレビの路線と真逆をいっている。  西本さんいわく、出演者がうまく話してやろうと、ねらいを定めて準備してきたトークはツマラナイそうだ。本人が準備してきたものを出し尽くしてしまい、”さあ、困ったぞ…”となってからが、その人の身の丈が露わになり、面白くなるのだという。このラジオにとっては、”ねらい”とか”目的”とかない方がいいのだ。

 

 とは言っても、そうなると55分間、ある種のダラダラとした、整理されない他人のおしゃべりを聴かされることになるわけで、それはそれでリスキー。メディアというのは不特定多数の人に”何か価値あることを伝える”と一般には思われているから。

 

そのリスクを「渋谷のラジオ」は徹底して渋谷にこだわるコミュニティラジオであることで回避している。自分と関係のある人、近しい人であれば、その人がちょっとくらいグダグダの、意味のよく分からない話をしていても聴いていられる。もっと正確に言うと、自分と関係ある人の話は、自分にとって無価値ではいられないということなのだ。つまり渋谷に住んでいる人には、渋谷の人が話すというだけで何らかの価値を持ちうる。

 

テレビなどのマスメディアは、”渋谷の人同士”というような人と人との”近い関係性”を"武器"に出来ず、常に不特定多数の人に、意味ある情報を伝えるよう強いられているがゆえに、人物を鋳型にはめるとか、予定調和なストーリーを構築するとかの手段を取らざるを得ないのだろう。そこがテレビの"しんどさ"なのだと思う。

 

SNS隆盛の時代、人は誰でも発信者にも受信者にもなれる。そうすると、テレビのように人と人との関係性に関係なく情報を送ってくる無機質なメディアより、自分にとって大切な、顔の見える人からのSNSメッセージの方に、誰だって重きを置く。テレビを見ながらでも人はスマホを手放さない。よそよそしいテレビよりも、よほどスマホのメッセージの方が体温があるから。

 

渋谷のラジオ」はそういったSNSとテレビの中間を行くメディアなのだろう。情報そのものよりも、ほんのり今の渋谷の温度を感じられるような。

 

西本さんは「渋谷のラジオ」を"聴く人"よりも「渋谷のラジオ」に"出る人"を増やしたいと言っていた。ラジオに出る人が多くなれば、自分と近しい人の声がどんどんオンエアから聞こえてきて、それはますます温かいメディアとなって、結果”聴く人”も増えるはず。衰退さけばれるテレビ側の人間が、参考にすべきヒントがその辺りにありそうだ。