尾根道を歩くのは起伏がなくてラクだなあ、という話。
幕末に外国人の居留地とされた横浜の山手(=やまて。横浜に慣れない人間は”やまのて”と読みがちですが)。今でも、緑多い高台に瀟洒な洋館が立ち並び、散歩しているとこのうえなく楽しい。全国的にみても「歩くと幸せ!散歩道ランキング」上位に来るのは間違いないのではなかろうか。
(ちなみに学生時代を京都で過ごした自分にとって、日本で最高の散歩道は、京都・銀閣寺前から哲学の道を通って、若王子神社まで。もしくは、気分にまかせて、知恩院~八坂神社~清水寺までの京都東山界隈だと、勝手に思っている)。
その山手を散策する人の大半が歩くであろう道が「山手本通り」。ご覧の通り、起伏が少なく、わりと平坦。しかし通りの左右ではすぐ斜面が始まっていて、そこに外国人墓地なども作られている。
なぜ起伏が少ないか。それは山手本通りが尾根道だから。エリスマン邸にある山手地区のジオラマを見てみると(写真下)、山手の丘の尾根を山手本通りが走っている様子がよくわかる(中央の道路が山手本通り)。逆に言うと、尾根に対して直角に道を教えて通すと、斜面のキツい坂になる。
自動車のない時代、人は徒歩で移動した。歩くからには当然、起伏が少ない方がラクである。自然、起伏の尾根を歩くようになり、人々が歩くルートが道へと生長する。例えば巣鴨の地蔵通り商店街。実はあれも尾根道。あの商店街は中山道に沿って店が並んでおり、中山道は「本郷台地」という、東京の真ん中にある”丘”の尾根筋を通っているのだ。
かように古くからの道は起伏の尾根道を通ることがしばしばなので、地形に沿って自然で滑らかなカーブを描いたりすることが多い。高低差も少なめで、道幅も歩く人の身体に合っている。古地図に載っている道はだいたいこういう道。逆に近代になって自動車社会になってからの道は、キツい高低差、角度のついた曲がり角、ヘンに広いなどの特徴を持つ。そういった視点で街中の道路を眺めると、どの道が古道で、どの道が近代になってからの道が、勘が働くようになってくる。
山手の山手本通りも近代以前に開かれた道。山手散策が心地よいのも、”歩くのがふつうの時代”の道を歩いているからかもしれない。