歴史探偵

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草彅剛の”ニュースな街に住んでみた”韓国・ソウル 感想

悲しい歴史をどうやって伝えるか。どうやったら伝わるのか。

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番組HPより

草彅さんがいいカタチでTVに出ている

SMAP解散後の草彅さんの活躍の場がNHKで広がっていると感じる。1月27日はNHKスペシャル未解決事件「赤報隊事件」で迫真の演技を見せてくれた。またトップクラスに知名度の高い草彅さんがこのような思想性のある”重い”事件の再現ドラマに出演したことは、事件を知らない若い人たちの間に、事件の存在を知らしめる点でおおいに貢献したのではないだろうか。

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さて、今度は草彅さんが紀行(というか短期滞在?)ドキュメンタリーのレポーターを務めるという。お相手は3月末、NHKあさイチを卒業された柳澤秀夫解説委員。二人で”ニュースな街”に短期間住んでみて、肌で感じた想いを伝えるという内容だ。選ばれた"ニュースな街"は「南北朝鮮問題」で今現在も揺れに揺れている韓国・ソウルの龍山(ヨンサン)地区。「これは新しい企画だなあ」と番宣を見たときからとても楽しみだった。

 

ニュースな街に住んでみる"新しさ"

NHKは硬派なドキュメンタリーを作るイメージは持っている。しかも南北朝鮮問題などというガチで政治的なトピックは、大上段に語るNHKスペシャルなどの枠に収まることが多く、当番組のような柔らかい紀行系ドキュメンタリーで扱われることは珍しい。ましてやレポーターはSMAP解散の記憶もまだまだ新しい草彅剛。草彅さんはどんな言葉でシリアスな問題を語るのか。NHKが新しいテレビ文法で重いテーマに挑んでいると感じた。

 

ストーリー展開に頼らない"新しさ"

もう一つ、この番組の"NHKらしくなさ=新しさ"を指摘しておきたい。NHKの紀行ドキュメンタリーはストーリーテリングによる視聴者の感情移入をとても大事にする。例えば今回のような番組ならばソウルに住む特定の誰かを重点的に取材し、事前に構成も作り(その主人公が辛い思い出と土地を訪ねる、などの設定も盛り込み)、その人の感情が激しく動くところをカメラに収めようとする。その主人公の感情の動きに視聴者も感情移入させることで、番組を最後まで見てもらう推進力を得ようとする。

しかし"ニュースな街に住んでみた"は違った。その街で自然に出会った人から自然な言葉を引き出す(がごとくの)構成になっていた。事前取材もあったろうが、誰か特定の主人公を立てようとはしていない。まるで草彅&柳澤のコンビがどこかの土地を旅して、居酒屋でたまま"深い"話を聞かされてしまった、というようなナチュラルさがあった。

しかしそのナチュラルな空気の中で、現地の人たちは政治的な話をふつうに、当たり前のように語る。逆にそのことがその土地がニュースな(=政治的な)街であることを浮かび上がらせる。シリアスな事柄を語るのに何もシリアスなスタイルを取る必要はない。女性歌手のレコーディングの現場で、草彅さんがおどけてダンスしてみせたシーンのあとに展開する、その歌手の壮絶な脱北劇エピソードと望郷の歌の重さと言ったら…。

 

ナチュラルさを大事にするテロップとナレーション、資料映像の使い方

あくまで自然な柔らかいスタイルでメッセージを伝えようとしていた今回の番組。テロップも動画編集ソフトで作ったような(いい意味で)ラフなもの。ナレーションもまだまだ女の子感のある近江友里恵アナウンサー。過去を振り返る番組ならバシバシ入ってそうな白黒の資料映像も今回に限っては必要最低限だったと思う。とにかく視聴者、それも若い層に「自分とは関係ない番組だな…」と思われないようあらゆる面でも工夫が見られた。

 

草彅剛起用の功罪

草彅さんの起用は間違いなく良かった。自分も草彅さんがレポーターじゃなかったら見てなかったろう。また見たからこそ朝鮮戦争の歴史や、北朝鮮のふるさとを失った失郷民(シリャンミン)たちの存在も知った。彼らたちの厳しい現実も。悲しい歴史を伝えるうえで、知名度あるスターを使うことの効用は高い。

しかし一方で草彅さんという存在に引っ張られて疑問に思う番組の流れがあったことも事実だ。それは先述の脱北者の女性歌手のシーンのあと、草彅さんがSMAP解散後の自らの境遇を、女性歌手が韓国に来て手に入れた新生活に重ねて語っていたところ。自分はここで思ってしまったのだ。北朝鮮の凄まじい圧政と、芸能事務所の束縛とを同列に論じるのはいかがなものか、と。 

もちろん人が人から何を感じようと自由なのだが、あのシーンは自分は露骨に制作者の意図を感じてしまった。「視聴者は今の草彅さんの心境に関心あるはずだ。脱北者の語りからの流れでそれを聞いてしまおう」のようなねっとりとした作為。

もしこれが草彅さんじゃないタレントだったら脱北者の悲劇を安易に(あえて安易と言わせてもらうが)自分と重ねるようなことは言わなかった(制作者も聞かなかった)だろう。全てが自然体で語られていた番組だっただけに、あそこだけ露骨な演出意図を感じてしまい、個人的には残念だった。

 

草彅さん自作の曲でのエンディングは賭け?

草彅さんが番組で取材したこと、感じたことをもとにソウル在住中に一曲に仕立て、エンディングに使ったことには驚いた。草彅さんて「曲書けたんだ!しかもそんな短期間で!」みたいな(それともある程度の事前取材をもとに作っていたのか?それにしてもすごいですけど)。

その曲が曲調はあくまで爽やかなギターポップスといった感じで肩の凝るものでなく、それでいて歌詞には、現地で草彅さんが心に感じたことがさりげなく盛り込まれている。例えばサビの歌詞。

流れる涙は きっといつか 幸せの風になるだろう

溢(あふ)れる笑顔は きっといつか 君を幸せに包むでしょう

寄り添い合うことは きっといつか 夢に見た本当の故郷に辿(たど)り着くでしょう

感じたことをそのまま言葉にしただけでは詩にはならない。見たまま聞いたままでなく"感じさせる"言葉の選び方。”きっといつか”の効果的なリフレイン。難しい状況の中でも歌い上げたいかすかな希望。草彅さんも立派な詩人だな、と思った。

何かの曲で終わりたいならば、脱北者の女性歌手の歌を流しても良かったと思うのだが、あくまで一旅人であった草彅さんの感じた気持ちで終わろうとしたところに、最後まで一貫するこの番組の哲学を感じた。草彅さんが「良い曲を作ってくれるに違いない」と草彅さんに賭けた制作者の心意気も伝わってきた。

 

最後に

全体的には随所に新しさを感じる紀行ドキュメンタリーだった。次作はあるのだろうか。あるとしたら、草彅さんの直近の個人史はもう語る必要はないだろうし、より純粋に彼の感じた言葉を聞ける気がする。次回作を期待して待ちたい。

 

※草彅さんが主演したNHK未解決事件についても記事にしています。

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