歴史探偵

趣味の歴史、地理ネタを書きまくろうと思っていたら、仕事柄どうしてもTVの記事が多くなる今日この頃…

ドラマ「アンナチュラル」最終話・感想

最後まで凄まじい凝集力を保ちつつ、シリーズ全体のテーマをもふりかえる素晴らしい結話だった。

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自ら出頭してきた不動産業者・高瀬(尾上寛之)を裁けるのか、裁けないのか。まずその大きな謎が提示され、視聴者の興味を強く引きつける。この謎が今回のストーリー展開の基軸を成す

 

その上でこの作品が当初から突きつけてきた重いテーマも顔をのぞかせる。日本では死因の不審な遺体ですら解剖されないためケースが多いため、殺人事件も殺人事件として立件されないことがままあるのではないか、という事実だ。ワイドショーに出演したシーンの宍戸(北村有起哉)のセリフを借りよう。

宍戸:日本では不自然死のうち、約12パーセントしか解剖されません。つまり、この26人の被害者のほとんどが、自殺や事故として片付けづけられてしまったんです。日本の解剖制度の盲点を突いた狡猾な事件と言えましょう。

しかし高瀬も狡猾なら、宍戸も狡猾だ。高瀬の事件の謎をあえて”謎”として書くことで、自ら編集した本を最大限売ろうとする。再び、宍戸のセリフ。

宍戸:謎が解明されれば大衆は飽きるだろ。こういうのはいかに謎を謎のまま引っ張るかだ。

ジャーナリストにとって最も重んずべきは”事実”のはず。しかし宍戸は事実を明らかにすることよりも、大衆の関心を引きつけ、自分の文章でどれだけ儲けられるかの方がよほど関心がある。 ここにも作者が穿ちたい社会の病理が描かれている気がする。

 

場面変わって、ミコト(石原さとみ)の家族のシーン。こたつに肩まで入ったミコトがつぶやく。

ミコト:私、ずっ…と悲しむ代わりに怒ってた気がする。負けたくなかった。不条理な死に負けるってことは、私を道連れに死のうとした母に負けることだから。

育ての母・夏代(薬師丸ひろ子)に面と向かって言うのではなく、問わず語りに寝ながら言葉を吐くのがリアリティ。そしてミコトがどうしてそこまで法医学に真剣に向き合うのか。改めてその実存的な動機が語られている。

思い詰めるミコトに対して母が返すのはそんなミコトを包み込むような言葉。

夏代:生きてる限り負けないわよ。なに世界の哀しみ背負っちゃってるの。一人でなんて持てっこないって。

生きてる限り負けない、と言うのは”生きている、ただそれだけでいい”と言うのと同義だろう。人間に対する最大限の肯定だ。愛だなあ、愛。このシーンの一連のセリフは今回のエピソードの後半での、中堂へのセリフの伏線にもなっている。

 

神倉所長(松重豊)が烏田(吹越満)と対峙する場面は、プロフェショナルとして”事実”を最大限尊重する姿勢を示していて胸がすく。この緊迫するシーンから、コミカルなUDIのシーンに移るメリハリのある脚本・演出も見事なのだが、そのUDIでの神倉所長のセリフが泣かせた。

神倉:職員一人に背負わせて、知らぬ存ぜぬはできません。

多くの視聴者が、このセリフを聞いて、森友問題での役所・官邸の不条理をひとり背負って亡くなられた(自殺した)近畿財務局の職員の方を思い起こしたのではないだろうか。おそらくこの脚本が書かれた時には、現在の森友事件の混乱など予兆もなかっただろうが、優れた作り手は時代を正確に予見する魔法でも使えるのだろうか。

そういえばアンナチュラル第2話も、集団自殺に見せかけた殺害事件の謎をミコト&六郎が解いてゆくという、昨年現実に起こった座間の死体遺棄事件を彷彿とさせるストーリーであった。作家の想像力が時代の病を精確に診断する(かのように見える)さまに驚く。

 

その後、宍戸に毒を注入し、高瀬の殺人の証拠を掴もうとする中堂と宍戸との、息詰まるやりとりも、その過程にミコト&六郎(窪田正孝)を駆けつけさせ、毒の成分の視聴者への裏切りなども挟んで緊迫感MAXであった。

そのシーンの最後にミコトが中堂に言い放つセリフがひたすら胸を打つ。

ミコト:私がイヤなんです!見たくないんです!不条理な事件に巻き込まれた人間が、自分の人生を手放して、同じように不条理なことをしてしまったら、負けなんじゃないんですか。中堂さんが負けるのなんて見たくないんです。私を、私を絶望させないでください。

親に危うく心中死させられそうになったという極限の不条理を経験をしたミコトが、幸せの絶頂にあった恋人を殺害されるという、同じくらいの不条理さを強いられた中堂に寄せる深い同情心。

 

自分の人生を手放してはいけない。ミコトの母・夏代が言うように「生きている限り負けはない」のだから。

 ミコトが中堂に放ったメッセージは、夏代のセリフとも共鳴し合って、そのまま作者がこの作品に込めたメッセージなのではないだろうか。

 

また作者は第8話で神倉にこうも語らせていた。

神倉:そして私たちはたまたま生きている。

偶然に、たまたま生きている人生に本来は勝ちも負けもない。生きているだけで”価値がある”ものなのだ。しかしそこに勝ちや負けや、そのほかあらゆる意味を見出してしまうのが無意味や不条理に耐えられない人間の哀しさでもあり、愛おしさでもある。

 

中堂のかつての恋人・夕希子(橋本真実)の父・和有(国広富之)も「あなたは生きてください」と中堂に告げて去った。不条理な死に追いやられた人間は生きたくても生きられなかった。幸いにも生きている人間は、生きているうちに生を全うすべきだ。目まぐるしく展開するサスペンスフルなストーリーの底に、作者のそんな強い信念を感じた。

 

最後は坂本(飯尾和樹)に加え、六郎までUDIに戻ってきて、役者が再び揃い踏み。こうなるとストーリーはまだまだ続くのか。この2ヶ月あまりの間、このドラマに心踊らされ続けてきた自分からするとぜひもっと心踊らさせてほしい。

 

※第8話、第9話の感想はこちらに書いています。

candyken.hatenablog.com

 

candyken.hatenablog.com