歴史探偵

趣味の歴史、地理ネタを書きまくろうと思っていたら、仕事柄どうしてもTVの記事が多くなる今日この頃…

ビットコイン時代に生きる幸福

激変する時代の波に乗っている者は、自分が波に乗ってることは気づかない。かなり遠くまで運ばれてから、初めて「自分は波に乗ってたんだ」ということに気づく。

 

こんなタイトルのエントリーを書くからと言って、ビットコインで"億り人"になったわけではありませぬ。年末に初めて仮想通貨イーサリアムを恐る恐る1万円だけ買って、そのあと2000円下がり、「え〜!マジか!」と言っている間に1万5000円まで上がり(←イマココ)、若干ホッとしている肝の小さい男です。

 

でもタイトル自身偽りはなく、実際今の時代に生きていられるのは幸福だな、と思う。それは「ブロックチェーン・レボリューション」という本の第1章を読んで、将来への期待感で胸がかなりワクワクしたから。

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そのビットコインを支える「ブロックチェーン」という技術が、インターネットが持っていた破壊力と同じくらいのインパクトで世の中を変える、と記されていたから。

 

その本の力を借りつつ、簡単にそのポイントを整理してみると…

  • インターネットは最初の40年で、Eメール、ウェブ、ドットコム企業、SNS、クラウド、IoTなどの便利な道具を生んだ。
  • 情報交換のコストが大幅に削減され、検索やコラボレーションがぐんとラクになった。

しかし、インターネットのしくみ自体には十分なセキュリティが未だ備わっていない。そこを解決するのがまさに「ブロック・チェーン」の技術。発行にも管理にも中心となる国や企業が関与しないのに、一連のルールに従った分散型コンピューティングによって、(インターネットが必要とした)信頼された第三者を介することなく、端末間でやりとりされるデータに嘘がないことを保証する、というもの。

 

このことを本の中では、従来のインターネットは「情報のインターネット」。ブロックチェーンは「価値とお金のインターネット」と簡潔に表現されている。端末間でやりとりされるデータに嘘がないので、”価値やお金”も安心安全にやりとりできるのだ。

 

それによって何が可能になるのか? 

例えば、こういうようなこと。

本物のシェアリングエコノミーがやってくる。

AirBnBやUberのようなサービスも、それらを集中管理する企業がなくても回るようになるため、もっと安いコストでそれらのサービスを利用できるようになるし、Uberの運転手も直接仕事が取れるため、報酬もアップする。

送金が安く、早く、簡単になる。支援金も必要な人に確実に届く

銀行を介さず、海外にも簡単に送金できるようになる(手数料7%→2%くらいらしい)。寄付金も寄付してから現地の人が利益を受けるまでがスマートになる。

小さな起業がどんどん生まれる

ブロックチェーンを使って、グローバルな経済にアクセスできれば、資金調達、取引先、提携、投資などのあらゆるチャンスが広がる。

 

何だか新しい時代が来るような感覚がヒシヒシとする。しかもその大変化の直前に自分が立っているような感じが。インターネットによる変革の際は、この”大変化の直前感”は自分はついぞ味わうことができなかった。

 

インターネットのWWW(ワールドワイドウェブ)が開発されたのは1989年、文書に加え、図や音声までの情報を扱うことができ、マウス操作だけでほとんどの操作を行うことができる本格的なWebブラウザのMosaic(モザイク)が登場したのは1993年。自分は10代で自分なりに世間を見聞きしていたつもりたったけど、インターネットへの関心は薄く(というかほとんど意識しておらず)ここまで世の中を激変させるツールが胎動しているとは全く気がついていなかった。

 

ぼくとほぼ同世代の元ライブドアの堀江さんなんかは、大学時代にインターネットの圧倒的なポテンシャルに魅せられて会社を興したわけだから、やはり先を見通せる天才は違う。

 

でも1990年前後のインターネット黎明期と違い、今の自分は、このブロックチェーンによって変わりつつある時代をしっかりと意識して迎えられている。それを可能にしているのは、まさにインターネットのおかげでもあるのだが。ネットのおかげで、とびきり新鮮な、その道の専門家の情報に、どこからでもアクセスできる。旧来のテレビ・新聞等のオールドメディアだけだったら、こうはいかないだろう。

 

今、大河ドラマは幕末の「西郷どん」で盛り上がっているが、今は”情報技術レイヤーの幕末”なのかもしれない。西郷や坂本龍馬のような時代を見通せていた一部の人間は来るべき日本の未来のため、先行して大胆に動けていたのだろうが、大半の人にとっては戊辰戦争が終わって、明治が始まってやっと「ああ、前(さき)の戦が時代の転換点だったんだ…」との意識だったろう。できることなら自分も西郷や坂本龍馬の側でいたいけど。

 

いずれにせよ、大きな時代のうねりを眼前で見られるというのは幸福だ。before/afterを知る者だけができる昔語りなどを、将来の子どもたちに聞かせたい。